【連載】アートのある暮らしvol.9 暮らしそのものがアートの家。

PLART編集部 2017.8.15
SERIES

8月15日号

連載 アートのある暮らしとは?
日本のアートには3つの壁があります。
「心の壁」アートって、なんだか難しい。価値がわからない。
「家の壁」飾れる壁がない。どうやって飾るかわからない。
「財布の壁」アートは高くて買えない。買えるアートがわからない。
そんな3つの壁を感じることなく、アートのある暮らしを素敵に送ってらっしゃるお家を取材します。

 

「アートのある暮らし」と聞くと、思い浮かべるのはきっと、壁にたくさん絵がかかった家かもしれない。

ところが、そんな私たちのイメージを覆すような家がある。

世田谷区の経堂で奥さんとお子さん、そして家族以外の人とも暮らしをシェアしている、クリエイティブディレクター・近藤ヒデノリさんのKYODO HOUSEだ。

KYODO HOUSEは、彫刻家の名和晃平さんをはじめ、環境エンジニアや林業家など様々な人と「協働」して3年がかりで建てられた。1年に及ぶ設計段階では、こだわりを詰め込んだ。

驚くべき特徴は、エアコンがいらないことだろう。吹き抜けになっている二階建ての家は、太陽光や空気の流れを工夫し、夏でも涼しい風が2階まで届くよう設計されているのだ。建材は日本の木材を使用し、都市と各地の森を同期させようとする意図がある。

山上渡\松本かおる「もののあわれ」展、2016 地下室の展示風景(オーナー画像提供)

地下室もあり、展覧会や映画上映会、ダンス、人形劇、パーマカルチャー、ヨガなど定期的にイベントを行っていて、地元世田谷の人だけでなく、遠方からも多様な人が訪れる。

そんなKYODO HOUSEを一言で表すなら「オープン」だ。

風通しが良いという物理的な面だけではなく、家族以外の人と暮らしたり、人を呼んでイベントやワークショップをやったりと、KYODO HOUSEでの暮らしは、人との関係性が様々なカタチで開かれている。

アートとともに暮らしているというよりも、家や暮らしそのものをアートにする実験をしている感覚です

「暮らしそのものがアート」と語る近藤さんの原点や、それが意味するものを探っていった。

書斎に飾られているのは、千代田区で禁煙条例が施行時に、自由をテーマに、タバコのCamelのパッケージから逃げ出した本物のラクダをギャラリーに登場させた展示「Free Camel」のドキュメント写真。

NYで現代アートと出会う

近藤さんとアートは関わりが深い。大学時代から写真を撮っていて一旦就職したが、20代後半で休職し、3年間NYの大学院に写真を学びに行った。そこで現代アートと出会う。

就職して関西支社で働き始めて1年目に阪神淡路大震災が起こったんです。当時は阪神間に住んでいたので、震災で打撃を受けた周りの状況と自分の関わる広告の世界の乖離に気づき、考えさせられた。クリエイターとして社会に対して何ができるのか?と。そこで、一旦仕事を離れて自分にできることを試してみようと思ったんです」

そんな問題意識を抱え、NYへと旅立った近藤さん。そして、現代アート専攻の大学院と国際写真センター(ICP)の合弁コースで、それまでの広告の企画とも通ずるコンセプチュアルアートの魅力に気づかされ、自身で写真やインスタレーションなど作品を制作していた。

アートは新しい表現や概念が生まれるのが早いんですよね。クライアントもいないから自分一人でつくれるし、お金はないけど、新しい表現や考え方がいろいろと生まれる実験場。様々なテーマに根本的な問いを投げかけるところに面白さを感じました」

9.11の直前に帰国後も、近藤さんは学んだことを自身の広告づくりや様々な自主プロジェクトに生かしつつ、アート作品も収集している。このKYODO HOUSEでも、その場に溶け込むようにさりげなく作品が並んでいる。

「コレクターと言えるほど買ってません(笑)。アーティストの友人たちと交換したものも多くて、最近買っているのも、主に友人やまだ有名でない若いアーティストへの応援の気持ちや、何かしら自分が影響を受けた記憶のトリガーとして買っています。もちろん、自分がはっとする作品ということが前提ですが」

NYから帰国後しばらくして、近藤さんは同時代の表現者たちにインタビューするウェブマガジン「TOKYO SOURCE」を始めた。

「僕も危うく遭遇しかかったんですが、9.11で文明の対立やグローバリズムについて考えさせられた。世界のこんな状況のなかで僕らは、アーティストは何をしていくべきなのか。阪神大震災や3.11でも突きつけられた問いですね。

そして思ったのは、世界にはもっと「対話」が必要だということ。多様な価値観をもつ人が共存できることが、世界の豊かさなんじゃないかと。そのために「作品をつくる」というより、世の中に「状況をつくる」アクティビストのあり方に影響を受けて「TOKYO SOURCE」を始めたんです。そして、70人ほどにロングインタビューをしてウェブで発信。展覧会やイベントをしたり書籍も作りました」

家の斜めに貼られた外壁とも呼応する名和晃平さんの作品「Direction」

土屋貴哉、ペネローペ・ウンブリコ(NY時代の大学院の担当教授でアーティスト)の作品

古い友人でもある画家、クサナギシンペイの作品

頭でっかちなアートから、身体性を伴ったアートへ

アートについて造詣が深い近藤さんだが、彼の活動が更に広がったのは、それまであまり意識していなかったという自然や身体性を意識し始めたときだ。

「東京出身で、一度就職してから留学したのもNY。バックパッカーで旅した2、30ヵ国も都市が中心で、好きな音楽もクラブミュージックやジャズなど都会の音楽で、アートも概念芸術=コンセプチュアルアートが好きだった。いわば、ずっと都市で頭でつくられた”都市文化”に影響を受けて育ってきたんです。

コンセプチュアルアートは、主に美術館やギャラリーというホワイトキューブのなかで視覚に訴えかけるもので、『こんな見方、考え方があったのか!』という新しい発見をもたらしてくれる「脳みそへのデザート」のようなものだと思います。そんな「アハ体験」のような体験をもたらす現代アートが大好きで、コンセプトを何よりも重視していたので、自然や身体性、感情などは作品の純度を下げるものでしかないとさえ思っていた。でも、徐々に、何かが足りないような気がしてきました

NY時代、バックパッカーとして中国やチベット、ネパールを旅して撮影した近藤さんの写真集「ORDINARY GARDEN」。「グローバル化で均質化し、ありきたりな庭園のようになっていくアジアを、俳句を詠むような感覚で中判カメラで記録していった」

 

大きなきっかけは、新潟で3年に一度行われる「大地の芸術祭」。2006年に訪れて、今まで気づかなかった日本の田舎と自然の魅力に衝撃を受けたという。

「アートを見るために新潟まで行ったんですが、途中の川で裸になって泳いだことや一面に広がる水田が美しくて(笑)。日本の田舎や自然のすばらしさを再発見したというか、芸術祭自体のテーマである『人間は自然に内包される』ことを、子供の時以来、久々に実感した瞬間でした。

その頃はまだコンセプチュアルアートにどっぷりハマってTOKYO SOURCEをやってたので、震災後ですね。パーマカルチャーと出会い、人と自然、都会と田舎の関係性について深く考え始めたのは。

頭でっかちな都市文化に限界を感じて、身体性や自然との関係をもった、全体的な表現のあり方に関心が移り始めた。最近はもう”都会的”とか”シティーボーイ”なんて、時代遅れなダサさの象徴のようにさえ感じています(笑)」

(※)パーマカルチャー…オーストラリアで生まれたPermanent(永続的な)とCulture(文化)の造語で、人と人、人と自然、環境などの関係性をデザインしていく体系のこと。近藤が編集した書籍『アーバンパーマカルチャーガイド』では、その考え方を都会に援用し、都会での生き方を変える内容になっている。

これまでに近藤さんが個人としてつくった書籍や雑誌など。左から『これからを面白くしそうな31人に会いに行った。』、『Activistsー動くことでわかること』『混浴温泉世界ー場所とアートの魔術性』、『流行通信』、季刊誌『A』、季刊誌『広告』など

生活彫刻ー暮らしそのものをアートにする実験

KYODO HOUSEを共につくった名和さんに出会ったのも、TOKYO SOURCEがきっかけだったという。その後、大地の芸術祭や3.11、パーマカルチャーとの出会いを経て、現代アートという閉じた文脈より、もっと生きることや暮らしの中にアートを取り戻していけないかと考えるようになったという。

「KYODO HOUSEは名和さんとつくったこともあり、家自体が一つの彫刻です。アートって元々、ラスコーの壁画や古代の祭りと共にあったように、人々の暮らしや生きることのそばにあったものだと思うんです。それが近代以降、”個人”という観念の肥大化に伴ってどんどん細分化し、現代アートの文脈に閉ざされて、人々の生きることや暮らしから離れてしまいました。

建築にしても昔の家やお寺には壁画や欄間、掛け軸など様々なアートがあったのに、今は合理性や経済性ばかりが重視され、よく言えばミニマル、悪く言えば偽物のハリボテのような家や建物が街に溢れるようになってしまったように思います。

アートの語源は”技術”ですよね。一見、合理性や経済的な観点からはムダで贅沢なものに見えるけど、経済至上主義自体が世の中にいろんな歪みを生んでいるからこそ…まったく別の角度から人の心を豊かにしてくれる、生きていくうえで大切なものだと思います。僕は今、そんな人が生きることや暮らしを豊かにする技術や考え方、体験としてのアートに興味があります。そんな思いから”アーバンパーマカルチャーガイド”で紹介した考え方を取り入れつつ、生活実験をしている感じです」

都会でエアコンのいらない暮らしをすること。家族以外の人に家をオープンにすること。家とダンサーが踊ったり、舞台になったり、陶芸教室になったり、コミュニティを育てたり、ギフトエコノミーを試したり、瞑想したり……これら一つ一つが近藤さんにとって、生きることや暮らしそのものを豊かにする技術であり、アートにする実験だ。

音楽紙芝居「光のカーニバル」うちゅうばくはつげきだん、2017(オーナー画像提供)

「ヨーゼフ・ボイスというドイツの現代アーティストが唱えた”社会彫刻”という概念があるんです。アートは美術館の中にあるのではなく、社会をフィールドに創っていくべきものだという考えのこと僕はその手前に”生活彫刻”があると思っていて。一人一人ができる範囲で自分の暮らしを豊かにする実験をしてシェアしていくことで、世界はもっと豊かになっていくんじゃないかなと」

失われた関係性をもう一度、繋ぎ直す

KYODO HOUSEにて暮らしを実験していく中で感じる変化はあったのだろうか。

幸せを感じることが増えました(笑)。単純に子どもや家族のうれしそうな顔を見たり、瞑想しながら庭の草花や野菜が育っているのを眺めたり、いろんな楽しい仲間に出会えたり…昔よりも今、ここや身近なことに幸せを感じるようになってきたと思います。

実は、ここに住むまで地域活動に関わることなんてまったくなかったのですが、今は世田谷の仲間や区長も一緒に、街をどうしていくか考えたり、実際に選挙パレードを行ったりもしました。この家を通じて、地方にいる仲間やいろんなコミュニティがつながっていくのも楽しいですね

SUNDAY YOGA(オーナー画像提供)

参院選、投票アクション「5VOTE!」、2016(オーナー画像提供)

都市部に住んでいると、お金を払うことで人と関わらずにすむことが多い。コンビニやスーパーでは、お金さえ渡せば一言も話さずにものを買うことができてしまう。

しかしその分、人と人との関係が必要以上に切られてしまった。
近藤さんが実験しているのは、都会においてそんな失われてきた関係性をもう一度、繋ぎ直すことだ。

「家でやるパーティーはたいてい持ち寄り制で、なるべくお金を介さない集まりにしています。料理が余ったらご近所に配ったり、逆に自分が近所の方から野菜をもらうこともあります。そういう風に近所に仲間が多いと、安心感があるし、それが幸福感にも繋がっている気がします。災害とか泥棒に対しても、監視カメラで監視するより、よっぽどセーフティネットになると思いますし。

他にも、自然との関係性を取り戻すために、雨水を貯めたり、生ゴミをコンポストで肥料にして畑にまいたりパーマカルチャーって、そういう関係性をデザインしていく体系なんです。僕はそれをアーバンパーマカルチャーとして、都会で人と自然、人、街などあらゆる関係性に応用していければいいなと思ってます。

お金などの物理的な財産ではなく、そうした暮らしの技術、つまり『The Art of Living』をいかに次の世代に残せるかそのことを意識しながら暮らしています

モノの概念にとらわれず、暮らしをアートに

”Be the change, you wish to see in the world.”

「ガンジーが語った『あなたが見たいと思う世界の変化に、あなた自身がなりなさい』という言葉があります。変化を体現するために、自分から実験していく。暮らしそのものが(実験する)アートであるとは、そういう意味だと思いますね

 

アーティストは変化を自分で作ってる人。

KYODO HOUSEのリビングにて、吹き抜ける風を感じながら近藤さんの話を聞いていると、アートというものを限定された領域で考えていたことに気づかされる。目に見える作品が狭義のアートだとしたら、近藤さんが実践し体現しているのは、社会または生活実験としての広義のアートだろう。

「アートと暮らしたい」

そう思うなら、作品を飾るところから始める必要はないのかもしれない。アートの考え方や手法を取り入れつつ、実験するように暮らしてみるのも「アートとともに暮らす」こと、むしろ「暮らしをアートにする」ことなのだから

私たちが、アートを通して次の世代にできることはなんだろう?

 

kakite: 菅原沙妃/photo by BrightLogg,Inc./EDIT by PLART


 

近藤ヒデノリ/Hidenori Kondo

クリエイティブディレクター/FUTURE+DESIGN編集長/「湯道」家元 「アート&サステナブル」を軸に、某広告会社にて様々な企業や自治体のブランディングを行いつつ、KYODO HOUSEや東京アーバンパーマカルチャー、湯道など草の根の文化活動をつづけている。編著に『都会からはじまる新しい生き方のデザイン- URBAN PERMACULTURE GUIDE』『これからを面白くしそうな31人に会いに行った』など。



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