【連載】アートのある暮らしvol.12「自分たちの生活や状況に根付いたアートが存在する家」
11月15日号
カラフルな色が連なった、シンプルなデザイン。
それが表すものは、誰かの一日−−−
海外でも高く評価されている「Life Stripe」というアート作品は、そんな二つの顔を持つ。
睡眠や食事、仕事といった「今日行動したこと」にそれぞれ色を当てはめ、24時間単位で表現する。ひとり一人の一日の過ごし方は当然異なるから、できあがった「Life Stripe」も、どれ一つとして同じものはない。
デザインとアート、そのどちらの枠にも簡単に当てはめられないような、そんな「Life Stripe」を手がけるのが、夫婦でデザイン事務所・SPREAD(スプレッド、以下SPREAD)を設立している、小林弘和さん(以下小林さん)と山田春奈さん(以下山田さん)だ。
二人の自宅兼アトリエには、「自分たちのために置いている」というのがぴったりなアート作品が飾ってある。そのなかには一見、“アート作品”だとわからないものもあった。
自ら作品をつくる者として、一体どのように作品を買い、飾っているのだろうか。二人の生き方・考え方からアートへの向き合い方が表れてくるかもしれないと思い、話を伺った。
余白のあった大学時代、そこから一転し二足のわらじ生活へ
小林さんと山田さんは、新潟にある長岡造形大学の一期生だった。山田さんはランドスケープデザイン、小林さんは広告デザインを学んだという。
小林さん「デザインのこともたくさん学びましたが、今につながっているなと思うのは“余白”があったことですね。当時大学には、そこかしこに目的のない場所があった。例えば、入学式に大学で無許可で床屋をやったり(笑)。ハプニング的に行ったのですが、特に何も(大学から)言われなかった」
山田さん「こういうのが『アートだよね、デザインだよね』と定義されていたものではなく、ただ、『何かできるかもしれない』という余白がそこにあった。定義できないことをやっていても『いてもいいよ』という雰囲気が、今思えば良かったのかもしれません」
就職は共に、学んだことを生かし東京へと出た。小林さんは広告代理店に入社し、山田さんはランドスケープ事務所のアシスタントになった。週末は二人で作品をつくり、デザイン賞や広告賞に応募し、自分たちの表現を外に向けて積み重ねていた。
山田さん「2年目で初めて賞を取ったんですが、二人で独立しようなんて思わなかった。その頃は、独立=業界の第一人者だったから」
小林さん「会社をつくろうと思ってつくったわけではありませんでした。二人とも失業し、派遣とフリーの仕事を掛け持ちする『二足のわらじ生活』をしばらく続けていて。そんなときに、週末起業としてSPREADを始めました」
自分の一日を表現することで人は変わる
「Life Stripe」も、週末につくっていたコンペ作品のように好きで始めたものだ。それが、後に二人を新たな場所へと連れていくことになる。
山田さん「『Life Stripe』のきっかけは、親しくしている女の子がひきこもりになったことでした。なんとかして家から出してあげたいと思い、うちに連れてきたんです。
彼女は、私が仕事から帰ってきても、朝と同じ場所に同じ格好で座っているんですね。『今日何したの?』と聞いても、何もしなかったって。でもよく見たら水を飲んだ形跡とか、トイレに行った感じはあった。だから『今日したことを記録帳につけて、交換しない?』と彼女に提案したんです。
最初、彼女は何も書かないんですけど、私が“ガムを踏んだ”とか書いていたら、こういうことを書いてもいいんだって思ったのか、書くことが増えていった。
しばらくして『今日何したの?』と聞いたら、ちょっと表情が和らいで、会話できるようになったんです。自分の一日を表現する、誰かの一日を目にすることで、彼女に変化が起きたのがすごいなって思って」
小林さん「今日のできごとを文字で書くのは大変かもしれないだけど、色だったら…と思い、いろんな人の『Life Stripe』を載せた冊子をつくりました」
山田さん「友人らに見せると、おもしろいとは言ってくれても、『で、何に使うの?』と聞かれることが多くて。私としては、作品を見て『この人の一日はいいな』とか『明日はどう過ごそう』と思ってほしかっただけなんですけれど」
小林さん「僕も、作品をきっかけに世の中にノイズや議論を起こしたかった。でも、そういうところはなかなか評価されなかったので、自分たちが尊敬している、Think the Earthの創業者・上田壮一さんと、アートディレクター・芹沢高志さんに作品を見せて、見込みがなければやめることにしました。
そうしたら二人ともすごく褒めてくださった。それだけでなく芹沢さんに、今度出展してみないかと言われて、初めて大々的に作品を披露する機会に恵まれました」
アートとデザインの中間だからこそおもしろい
『Life Stripe』は海外での評価も高く、そのきっかけとなったのがイタリアで行われる世界最大のデザインイベント・ミラノサローネへの出展だ。
山田さん「ミラノサローネは家具デザインがメインなので、作品を出すなんて考えたこともなかったのですが、東日本大震災のボランティアで出会った方に強くすすめられたのをきっかけに、出展することを決めました。
ミラノでは、『元気になった』と言ってくれたり、感動して泣く人や何時間も見てくれる人がいたり…作品を発表する意味があると強く思えたんです」
小林さん「『Life Stripe』がアートなのかデザインなのか、というのも悩んでいたことがあったけれど、あるお客さんに『その中間だからこそおもしろい』と言ってもらえて、すごく腑に落ちました」
山田さん「アートだから・デザインだから評価するというのではなく、作品そのものを評価されたと思います。タクシードライバーや主婦のおばさまも、作品の感想をしっかり伝えてくれた」
小林さん「専門ではない人が作品について日常的にあれこれ話せて、誰の意見が正しい・偉いというのでもない…そういう環境に自分たちも救われたような気がします」
記憶のトリガーとしてのアート作品
「Life Stripe」はコンセプト自体が日々の生活に根付いたものだが、小林さん・山田さんが買ったアート作品もまた、そのときどきの生活と切り離せないものだ。
二人にとって最初の作品は、結婚記念に買った二羽の鳥の写真だ。写真家・佐内正史氏によるもので、学生時代に二人がよく聞いていたCDのジャケットにも彼の写真があったという。
小林さん「結婚という形式は素晴らしいと思ったが、式を挙げたり指輪を買ったりすることが腑に落ちなかったので、その代わりに思い入れのある写真家の作品を買うことにしたんです」
山田さん「何かの記念に買うというのは入りやすいきっかけで、『作品を買うのっていいね』という感覚ができました」
次に購入したのは草間彌生氏の、富士山が描かれたビビッドな水玉の絵だ。
小林さん「定番のかぼちゃの絵を選ぶことも出来たんですが、その頃手がけていた仕事が富士山が見える場所と関係しているものだったので、自分たちにはこっちじゃないかと、富士山の絵の方を選びました」
山田さん「そのときの自分たちの状況に応じて、作品を買う。だから作品を見ると、当時のことを思い出すんです。いわば、記憶のトリガーですね」
小林さん「『Life Stripe』も、その作品をきっかけに背景にある誰かの1日を想像したり、自分の一日を振り返ったりする。作品自体より、それをきっかけに生まれてくる記憶が大事なんです。だから自分たちの作品も、持っている作品も、生活に根付いている」
山田さん「生活に根付いているから、置き場所によっても、作品の意味は変わってきますね。持ち家だけれど壁には掛けないのも、場所を変えているからかもしれません」
小林さん「自分たちの生活や人生と深く関わっているものを飾っているという感じだから、アート作品を買っているとはいえ、コレクターだという認識はありません。例えばこのワインボトルは、僕が広告業界に入るきっかけにもなった、ベネトンの広告をつくっていた方にまつわるワインです。他の人にとってはただの空のボトルですが、自分たちにとっては意味のある“アート作品”になる」
自分にとっては“アート作品”。それは、二人が手がける「Life Stripe」もそうだろう。誰かの何気ない一日が色のストライプで表現され、他の誰かの心を打つのだから。
「アート作品なんて持ってないよ」
そう思っていても、もしかしたらすでに手元に、そして何気ない一日に、自分にとっての“アート作品”が眠っているかもしれない。
Kakite:菅原沙妃 /Photo by 花坊 /Edit by PLART (Chihiro Unno)
SPREAD
小林弘和と山田春奈によるクリエイティブ・ユニット。環境・生物・物・時間・歴史・色・文字、あらゆる記憶を取り入れ「SPREAD=広げる」を生み出す。2017年には「国立新美術館開館」10周年記念ビジュアルのデザインを手掛ける。
主な仕事に、工場見学イベント「燕三条 工場の祭典」、空間デザインツール「HARU stuck-on design;」、CDジャケット「相対性理論/正しい相対性理論 」、ストールブランド「ITO」、「萩原精肉店」VI など。2004年より、生活の記録をストライプ模様で表す「Life Stripe」を発表して注目を集め、スパイラルガーデン(東京、2012年)、ミラノフオリサローネ(イタリア、2012年~)、 Rappaz Museum(スイス、2014年)、茨城県北芸術祭(日本、2016年)などで個展を開催。
主な受賞歴に、D&AD賞、red dot design賞、iF design賞、ドイツデザイン賞、Pentawards、アジアデザイン賞、グッドデザイン賞、日本パッケージデザイン大賞ほか。