”私”で完結しないアートを生物と協働でつくる 【アーティスト AKI INOMATA】
3月15日号
まるで、海の底にいるような、静謐な空間だった。
真っ黒な壁、真っ黒な床に縁取られて、ブクブクと泡が出ている水槽や透明で小さな物がぽつり、ぽつりと展示されている。
空間に足を踏み入れて、水槽に近づいて目を凝らしてみると、中にいるのはなんとヤドカリだった。
よく見るとそれぞれのヤドカリは、透明なプラスチックの殻を被っている。殻は世界の都市を模っていて、一つ一つ大きさも形も違う。
「ヤドカリは、身体の成長に合わせて、より大きな貝殻へと引越しを繰り返します。ですが、時には、殻をめぐって争いが起きることも…..。より力の強いやどかりによって殻を追い出されてしまい、強制的に殻を交換させられることもあるんです」
そう話すのは、アーティストのAKI INOMATAさん(以下INOMATAさん)だ。
彼女は、日本からアジア、そして世界へと活躍が期待されるアーティストを選出するAsian Art Award 2018 supported by Warehouse TERRADA にて、ファイナリストとしてノミネートされて、東京のTERRADA ART COMPLEXにて作品を展示し、この度、特別賞を受賞した。
本展示では他にも、祖先が同じアンモナイトとタコを出会わせる《進化への考察 #1 :菊石(アンモナイト)(2016-2017)》、真珠をモチーフにした写真作品《貨幣の記憶(2018)》、福島で採取されたアサリの殻の顕微鏡写真《Linesー貝の成長線を聴く ver.3.0(2018)》などが展示されている。《Lines》では、年輪のように刻まれたアサリの成長線を通じて、アサリの目から見た3.11前後の世界を捉えようとするなど、人間社会と自然の関係性や、その間を問う作品が展示されている。
INOMATAさんはアーティストとして活動をはじめて以来、生き物と共に作品をつくり続けてきた。人間社会と自然との関係を模索する姿は、聞けば、幼少期のころから感じていた「違和感」に一端があるという。
こうして、アーティストとしての彼女の原点を、かつてのアーティストではなかった頃の彼女の人生から探っていった。
ビルに囲まれた都会暮らしのなかで、小学校だけが別世界だった
INOMATAさんの生き物との出会いは、小学校の頃まで遡る。
「東京生まれの東京育ち、それも都心部に住んでいたので、立ち並ぶ高層ビル群と舗装された道路に囲まれて育ちました。一方で、通っていたお茶の水女子大学附属小学校は、大学のキャンパス内にあったので、草木も多く、まるで別世界でした。あまり人の手の入っていない空き地が多くて。イタドリを採って食べたり、赤トンボを捕まえたりして遊んでいましたね。でも、下校時刻になると学校を出て、また人工的な都市空間に戻らないといけない。人の手によって整備された場所は、安全で便利だけれど、子供の頃の私にとっては、なんだか「息苦しい」場所でもありました。そういう2つの異なる世界を毎日のように行き来しているのが、不思議でならなくて。そういった子供の頃に感じた思いが、今につながっていると思います。緑豊かな環境で育っていたなら、「自然」って何だろう?と意識的にはならなかったと思うんですよね」
INOMATAさんのもう一つの原点である、現代アートとの出会いは、中学生の頃だ。
「絵を描くのは大好きでした。でも、自分より絵が上手い人はいくらでもいる、とも感じていて….。なので、好きだけれど、絵描きには到底なれないな、と思っていました。でも、中学生くらいから美術館で現代アートを観るようになって、現代アートってレディメイドだったり、どこかに発注してつくるものがあったりして。だから、『これは絵の上手さ対決じゃない』って気づいて、アートの表現の自由さ・幅広さに出会いました」
アートの自由さに気づくと同時に、他の点にも気づいたという。
「私は人としゃべるのがすごく苦手なんですが、アートは、作品を介して人と関われる、一種のコミュニケーションの手段でもあると思ってます。今となっては、作品に自分の思いを込めて発信して、それを受け取った人から反応が返って来るのが、すごく面白いです」
「自然と人工物が一瞬でつながる」幼少の頃の思い出が重なる。
生き物や自然といった自分のテーマもあり、現代アートの表現の自由さも知ったINOMATAさん。大人になってからはアートの道へまっしぐらだと思いきや、そこに到るまでは紆余曲折があった。
「親には、アートの道は食べていけないから、と反対されていて。私も経済的に苦しいのはよく理解していたので、その通りだなと聞いていました。それで、美大受験をあきらめて、一般の4年生大学である横浜国立大学に進みました」
アートの道に進むきっかけとなったのが、進学した大学で教鞭を執られていた劇作家・唐 十郎さん(*)との出会いだ。
「彼の公演は、空き地や神社にテントを張ってやるものでした。私もよく観に行ってたんですが、同じ劇でも日によって印象や、見ている側にとっての経験が全く違うんですよ。晴れの日と台風の日とじゃ別物なんです。
劇の最後に書割(舞台背景)が取り去られるのですが、そのとき、外の現実の景色と、劇場という人工的な空間が一瞬でつながる。それがすごく面白くて同様な感覚を生み出したい!と、大学を辞めて美大に進みました」
(*)唐 十郎(から じゅうろう、1940年2月11日 – )は、日本の劇作家・作家・演出家・俳優。
”AKI INOMATA”というブランドをプロデュースしている感覚
INOMATAさんの代表作品の一つは、長く創り続けているヤドカリの作品だ。
「この作品は、東京にあるフランス大使館での展覧会、『No Man’s Land』に発表したものでした。そもそもなんでフランス大使館が展覧会を設けたのかというと、大使館があった土地を日本に返還するため、建物を取り壊すことになったからでした。土地を日本に返すといっても、50年という期間付きで返還するということで、つまり『借りる』のと変わらないんですね。土地は同じなのに、日本だったり、フランスだったりする。その土地の不思議さ、そしてアイデンティティの変化に興味を持ち、それをヤドカリで表現してみようと思ったんです」
でもどうして、”ヤドカリで作品を”と思いついたのだろう。
「その時、ちょうど友人が『弟がヤドカリ飼っている』っていう話をしていたんですよね。調べてみるとヤドカリっておもしろいなと思って。成長する段階で殻を移り変わっていく姿が”土地とアイデンティティの転換”に結びつきました」
「私の活動はヤドカリをはじめ、生き物と共同してやっています。それだけでなく、生命科学のラボや研究者、貝の養殖業者など、みんなで協力してつくっている。私一人でつくっているという感覚はないんです。よくファッションブランドが、デザイナーの名前がローマ字表記になっているように”AKI INOMATA”の作品をプロデュースしているという気持ちでやっています」
NYには批評の土台がある
2017年には、ACC(アジアン・カルチュラル・カウンシル)の助成金を得て、NYに滞在した。現地で、各国のアーティストと共に過ごした時間は大変学びになったという。
「特に印象深かったことの一つに、NYにはアート作品を批評する土台があるということでした。日本だと、作品を批評することはその人自身について批評(批判)してると捉えられやすいから、作品について語りにくいんですよね。
一方NYだと、作品とそれをつくった人は別物で切り離されているので、純粋に作品について議論できる。作品について忌憚なくコメントしてくれる人が多くて、大きな刺激になりました。
各国のアーティストは自分の作品を言葉でしっかり説明できる人が多い。一方私は、今まで大学でも独立してからも訓練をしてこなかったので、まだまだだと思っています。これから取り組みたいことに、英語でのプレゼンやしっかりコミュニケーションを取り、作品についても語れるようになりたいです」
アーティストは”旅人”のよう
NYでの経験を積み、今回のAsian Art Award 2018で特別賞を受賞。INOMATAさんの今後の活動は、さらなる可能性を広げていく。
「Asian Art Awardの副賞として、夏からの半年、寺田倉庫の運営するスタジオを提供いただけるので、その期間は日本にいて制作を進めて、周りからの刺激をもらおうと思ってます。今年は、フランス、カナダ、タイなどで、展覧会の話があります。海外も含め、展覧会があるたびに転々とするから、アーティストは本当に旅人みたいですね」
笑顔で、凛としたやわらかい雰囲気でそう話すINOMATAさん。
ユニークで、かつ透明感あふれる彼女の作品が、幼少期に感じた「息苦しさ」や「違和感」が一つのきっかけになっているのは不思議な感じもする。
でも、そうした息苦しさのような感情も、アートという表現手段に出会えば、他者との、そして他の生き物とのコミュニケーションのきっかけにもなりえる。
だからそうした感情に出会ったときは、捨て去ろうとはせず、どうやって向き合い、表現し、他者と共有していくかを考えていけばいいのかもしれない。
kakite : 菅原沙妃 / photo by Yuba Hayashi / Edit by Naomi Kakiuchi
取材場所:Asian Art Award 2018 supported by Warehouse TERRADA ファイナリスト展 展示会場 (TERRADA ART COMPLEX内)
AKI INOMATA
東京都生まれ、東京都在住。2008年東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻修了。
生き物との協働作業によって作品制作をおこなう。
主な作品に、都市をかたどったヤドカリの殻をつくり実際に引っ越しをさせる「やどかりに『やど』をわたしてみる」、飼犬の毛と作家自身の髪でケープを作ってお互いが着用する「犬の毛を私がまとい、私の髪を犬がまとう」など。
近年の展覧会に、「Coming of Age」(Sector 2337、シカゴ、2017)、「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」(2016)、「ECO EXPANDED CITY」(WRO Art Center、ヴロツワフ、ポーランド、2016)などがある。
2017年ACCの招聘でニューヨークに滞在。