心へダイレクトに届くアートを。【株式会社 FOSTER 杉本 志乃】

PLART編集部 2017.3.15
TOPICS

3月15日号

アール・ブリュットというアートのジャンルがある。

意味はフランス語で「生の芸術」 英語ではアウトサイダーアートと呼ばれる。

1945年、フランス人画家ジャン・デュビュッフェが精神障がい者や受刑者などの作品を自身の審美眼でセレクトし、「アール・ブリュット」と称したことがはじまりだった。そして、より広義な概念として英訳されたのが「アウトサイダーアート」である。

アール・ブリュットの定義は「正式な美術教育を受けていない人の作品」だが、日本では精神障がいや知的障がい者によって創作された作品を、アール・ブリュットと呼ぶことが多い。そのため、アール・ブリュットが、「障がい者の作品」といったやや偏ったイメージが浸透しているという現状もある。

しかし、そもそもアート作品を「誰が」描いたかによってカテゴライズする必要はあるのだろうか。そんな疑問を投げかける展覧会「アールブリュット? アウトサイダーアート? それとも? -そこにある価値-」が東京・表参道GYREで開催中だ。

主催しているのはアート・プロデューサーの杉本志乃さん。会場内には、彼女が日本中に点在するアトリエをまわって集めてきた作品が、一つひとつていねいに並べられている。

会場に足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのが正面の壁に飾られた井上優さんが描いた作品「抱いている人」だ。縦幅約1.5メートル、横幅約2メートルの巨大な画用紙に描かれた鉛筆画で、見る人を圧倒する存在感を放っている。

杉本さん「彼は、70歳を超えてから創作活動をはじめました。この作品を見たときは、高齢になってからこんな表現ができることに驚きしかありませんでした。裸の男女が抱き合う姿には人間の普遍性が表現されています」

【柴田龍平<1980-2000>】

こちらは一見、カラフルな曲線模様が描かれているだけに見える作品だが、実は数字や計算式がとても細かく描き込まれている。作者の柴田龍平さんは電卓を片手に作品を描いていくのだという。

杉本さん「彼は数字に関する記憶のストックが膨大なんです。そのなかから、お気に入りのポップミュージックの長さや、印象に残った人の生年月日などを、独自の計算式で計算しながら、キャンバスに描き込んでいます。この作品はもはや彼の人生そのものと言えるのではないでしょうか

【東本憲子 <無題>】

会場の中央に飾られているのは梱包用のエアキャップに彩色を施した作品。カラフルで幸福感にあふれた作品につい目を奪われてしまう。ふだんは、画用紙に絵を描いている作者の東本憲子さんだが、あるとき施設の画用紙がすべてなくなってしまった。代わりに梱包材を手渡したところ、没頭して彩色しはじめたのだ。

杉本さん「この作品は展示の方法に頭を悩ませました。このロールすべてに彩色が施されているのですが、あえて一部を見せることでどんな色彩が広がっているのか、見る人が想像できるようにしました。色彩はポップで素材はキッチュですが、エレガントささえ感じる作品です

ほかにも会場内には、知的障がい者23名、精神障がい者2名の作品が並べられている。今回の展覧会では、障がいを持った人たちの中にも、アーティストとして素晴らしい才能を持つ人がいることを多くの人に知ってもらうきっかけとするため、あえて障がい者の作品だけを集めているが、彼らの作品そのものではなく障がいばかりがクローズアップされないよう、展示の方法には細心の注意を払っている。

杉本さん「障がい者の作品でも、健常者の作品でも、アートであることに変わりはありません。素晴らしい作品を生み出す作者の背景として障がいがあるというだけなんです」

そう語る彼女には、実は脳に障がいを抱えた兄がいる。幼いころから障がい者と身近に接してきた彼女が今回の展覧会にこめた思いとは一体どんなものなのだろうか。

心でダイレクトに感じられること。それがアール・ブリュットの魅力

── まず、今回展示されている作品はどんな基準で選ばれたものか教えてください。

今回の展覧会は、作品にきちんと値段を付けて販売することを目的としているので、アートとしてのクオリティーはもちろんですが、保存状態がしっかりしていて、商品として価値のあるものを選んでいます。アーティストにきちんと利益が還元される仕組みを作ることが「障がい者の作品だから」という前置きなしに作品が評価されることにつながるはずです。

── なるほど。作品の価値はどんな人たちに向けて発信していきたいと考えていますか?

ふだん、あまりアートに関わりがない一般の方たちにこそ、価値を知ったうえで実際に購入してほしいです。彼らの作品は、一般の方がアートとの距離を縮めるのにとてもいいきっかけになると思います。

── と、いうと?

現代アートって、少し難しくなりすぎていて、時代的背景や社会情勢、美術史の知識がないと、その作品本来の意味を理解できないものも多いんです。でも、アール・ブリュットの作品は、作者自身がただ「表現したい」という純粋な欲求で描いているものなので、見る人の心にダイレクトに響いたものこそが、その作品の価値。だから、アートに関する知識がない方でも、その魅力を存分に感じられます。

── なるほど。一般の方がアートとの距離を縮めて生活に取り入れていくことの価値について、杉本さんのお考えを教えてください。

アートを愛でることで、仕事や生活に追われる忙しない日常のなかに、ふっと息をつける「無」の時間が生まれるんです。そうやって立ち止まる時間があることの幸福感を多くの人に感じてもらいたいと思います。とくに、障がい者の方が描かれた作品は、見る人の心をあたたかくしてくれるようなものが多いので、ぜひ自宅の壁に飾って眺めてほしいですね。

── たしかに、どの作品からもポジティブな印象を受けるような気がします。

実は先日、やんちゃ盛りの高校生の息子の友だちがこの展覧会を訪れてくれ感想を聞いたら「すごくカッコよかった。でもなんだかほっとした」って言ってくれたんです。若い世代にも彼らの作品の価値はきちんと伝わるんだと、とてもうれしくなりました。

障がい者の描くアートが社会を変えるきっかけになるかもしれない

── 杉本さんご自身のお話もお伺いしたいのですが、アートに興味をもったきっかけは何だったのでしょう?

母が地元のアーティストたちをサポートしようという意識を持っていて、たくさんの絵画を壁に飾っていました。なので、幼いころからアートに触れて過ごす生活でした。

── なるほど。そこから杉本さんは専門的にアートについて勉強する道に進まれたわけですが、なにか大きなきっかけはあったのでしょうか?

大学卒業後、もっと世の中を見てみたいと思ってアメリカに渡りました。あるとき、たまたまジェフ・クーンズ(※)の展覧会に訪れたら、その作品たちに圧倒されてしまって。これは一体なんだろうと。その後NYのあらゆるギャラリーで現代美術の作品を見まくりました。そうして「こうしてはいられない!」と、アートについて学べる学校を調べてイギリスに移り、ロンドン サザビーズでアートオークションビジネスを学んで日本に帰国しました。

※ジェフ・クーンズ:大規模でキッチュな絵画や彫刻作品を多く創作しているアメリカのアーティスト。

── 帰国してからはどんな活動をされていたのですか?

帰国してすぐ銀座の老舗画廊に勤めだしました。そして結婚と出産を経験して、忙しない日々を過ごしていましたね。子育てが大変だったころ、10年ほど家庭に入っていた時期もありました。その後は、現代美術のギャラリーを主催する夫をサポートしながら、ギャラリーの運営に携わってきました。

── そこから現在のような、アール・ブリュットの価値を広めていく活動をはじめたのにはどんなきっかけがあったんですか?

まだ仕事や子育てに追われていたころ、障がい者の方のためのアトリエを開いている方の活動が新聞に取り上げられているのを見つけたんです。そのとき「なんて素晴らしい活動をしている方なんだろう!」と感動して、記事を切り抜いてずっと取っておいたんです。すぐにでも会いに行きたかったのですが、忙しくてなかなか機会がなく……。それから何年か経ったあと、自分が離婚するタイミングで、これからなにをやって生きていきたいのか、じっくり考えたんです。そのとき思い浮かんだのがその切り抜きのことでした。

── ご自身もアートを通じて、障がい者の方のためになにかできないか、と考えられたということですか?

障がい者の方のためというよりは、ただもっと彼らの存在を「見えるもの」にしていきたいという気持ちです。私には脳に障がいを抱えた兄がいますが、彼の存在は自分のなかでとても大切で、そばにいるのが当たり前の存在でした。私たちが子どものころは、障がい者の方も一般社会のなか、ゆるいつながりを持って生きていました。たとえば、同じクラスで一緒に授業を受けるとか。いじめられることもあるけれど、逆に彼らをサポートしようとする子が出てくることもありました。それが障がい者施設や特別学級という制度によって、徐々に社会から「見えない存在」になっていったと思います。

── なるほど。「区別」したことで、社会とのつながりが希薄になってしまった、と。

もちろん、障がい者施設や特別学級ができたことで、障がい者の方にも教育の機会が確保されるようになったのはとても素晴らしいことです。ただ、本当は彼らも社会の一員だし、健常者の私たちも、彼らと直接接することで学べることや、得られる恩恵があるはずです。

── 杉本さんはお兄様の存在から、どんなことを得ることができたと思いますか?

生きていることの尊さを学ぶことができました。兄の存在を通して、役に立つことだけが価値じゃない、ただそこに生きていること自体が価値のあることなんだと、常に感じることができたので。今って、スピードや合理性ばかりが求められてしまう時代ですが、それは本質的な価値ではないのではないでしょうか。

── 今回の「アールブリュット? アウトサイダーアート? それとも? -そこにある価値-」にもそういった思いが込められているんですね。

はい。今回はとにかく、障がいを持った方たちのなかに、いかに素晴らしいアーティストがいるかその存在を多くの方たちに知ってほしいという思いがあります。なので、知的障がい者の方と精神障がい者の方の作品を揃えましたが、彼らの障がいに注目してほしいわけではありません。素晴らしいアートを生み出す作者の背景に障がいがある。障がい者の方も社会の一員としてあるべき存在ということ。ただそれだけなんです。

── 「アウトサイダーアート」には、差別的な意味合いが含まれているという見解もありますが、作者の障がいがクローズアップされてしまう原因はどんなところにあるとお考えですか?

これは社会全体の問題もあると思います。障がい者が「見えない存在」になっているという話とも通じるのですが、まだ多様性に対して寛容な社会とは言えないのでしょう。でも、どんなマイノリティだって社会の一員であることに変わりはありません。差別や区別をなくそうと声高に叫んでもそのことはなかなか伝わりにくいですが、彼らが創作したアートを見ればきっと腑に落ちるのではないでしょうか。

── 最後に、今回の「アールブリュット? アウトサイダーアート? それとも? -そこにある価値-」にかける思いを再度お聞かせください。

障がいを持った方たちのなかに、これだけ素晴らしい作品を生み出せるアーティストたちがいることをより多くの人に知っていただけるきっかけになればいいと思います。そして、彼らの作品が広くアートを生活のなかに取り入れる、最初の一歩になればこれほどうれしいことはありません。彼らの作品を鑑賞するとき、特別な知識や素養はまったく必要ありません。本来アートとはそういうもの、普通の人たちにこそ開かれるべきです。今、この会場で継続的にこうした展覧会を催そうというオファーを頂いています。このビルのコンセプトにもあるように、皆さんの消費行動が世界を変えるという意識のもと、アーティストやもの作りをする作家をサポートする方が増え、ここから放射線状にGYRE(渦)が広がり、豊かな文化資産が形成される土壌が育まれていくことを願っています。

力強く訴えかけてくる「生きているよろこび」

会場内に並べられた作品は、正面に立って向かい合うと、そのパワーに思わず引き込まれてしまうものばかりだった。そこには「生きているよろこび」が力強く表現されているように思う。背景にある作者の障がいも、作品を形作るひとつの要素だが、まずはただ目の前に立って、そこから放たれている力強いパワーを感じ取ってほしい。

kakite & kikite : 近藤世菜 / photo by Hiroyuki Otaki /EDIT by:PLART & BrightLogg,Inc.


【アールブリュット?アウトサイダーアート?それとも?-そこにある価値-】

会期:2017年3月9日(木) – 2017年4月2日(日) 11時 – 20時

会場:EYE OF GYRE/GYRE 3F 東京都渋谷区神宮前5−10−1 tel.03.3498.6990

主催:GYRE 展覧会実⾏委員会

実行委員長: 杉本志乃/株式会社FOSTER代表

事務局長: 関麻里/特定⾮営利活動法⼈Happy Sweet Museum代表理事

総合アートディレクション:Enlightenment

写真:若木信吾

協力:HiRAO INC

後援:⽇本財団

参加団体:アトリエライプハウス(⼤阪)、YELLOW(⼤阪)、⼯房集(埼⽟) 、 studio COOCA(神奈川) 、 ⻄淡路希望の家(⼤阪)、ふたば(⼤阪)やまなみ⼯房(滋賀)、ユウの家(⼤阪)、 以上8団体

参加作家:Emi / やまなみ工房 伊藤太郎 / studio COOCA 井上優 / やまなみ⼯房 岩本義夫 / studio COOCA 上田匡志 / YELLOW  榎本高士 / やまなみ⼯房 岡元俊雄 / やまなみ工房 加地英貴 / アトリエライプハウス 川邊絋子 / やまなみ⼯房 栗田英ニ / 工房集 栗田淳一 / やまなみ⼯房 柴田龍平 / ユウの家 清水千秋 / やまなみ工房 田中睦美 / やまなみ⼯房 茶薗大暉 / アトリエライプハウス

西川泰弘 / 工房集 東本憲子 / 西淡路希望の家 兵頭重美 / ⻄淡路希望の家 

平野喜靖 / YELLOW 松本倫子 / studio COOCA 三井啓吾 / やまなみ⼯房 

宮下幸士 / やまなみ工房 MOMO / ふたば  森田郷士 / やまなみ⼯房 

吉川秀昭 / やまなみ⼯房 

以上25名

 


株式会社FOSTER : www.foster-inc.jp



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