作品に「毒」を内在させる。それが女性ならではの感性【アーティスト 荒木由香里】
3月15日号
ハイヒール、はさみ、口紅、定規、歯ブラシ……。身近にあるさまざまな既製品を寄せ集め、ひとつの立体作品へと昇華させるアーティスト 荒木由香里さん。
荒木さんの作品は、遠くから全体を俯瞰してみたり、近付いて細部を観察してみたり、何時間でも向き合っていられるような不思議な引力を持っているように思う。作品のアイデアは「お昼に食べたいものが思い浮かぶのと同じで、生活のなかで自然と浮かんでくる」と語る荒木さん。彼女はどんな思いをこめて制作を行っているのか。話を伺った。
おもちゃを自作していた幼少期。アーティストへの道は自然にひらけていった
── まず、荒木さんがアートに興味をもったきっかけについて教えてください。
祖父方が木工職人だったり、ほかにも親族に油絵を描いている人がいたり、周囲に職人や表現者が多かったから自然とアートに触れる生活でした。
── なるほど。そのなかで芸大に進学して、自分もアートの道に進もうと思ったのには、なにかきっかけがあったんですか?
子どものころからいろいろ作ってました。「おもちゃを買ってあげる」って言われても「いらない」って答えちゃうような素直じゃない子だったので(笑) 代わりにそのおもちゃをじっと観察して自分で同じようなものを作っていました。だから芸大の彫刻科に進学したのは自然の流れでしたね。
── 子どものころ作ったものでなにか覚えているものはありますか?
ダンボールを使ってロボット型の勉強机を作ったことがあります。お腹のところがパカッと開いて机になるんです。腕のところには飲み物ホルダーを付けて。でも幼稚園児が作ったものなので、ガムテープでベタベタだし、ぜんぜん安定感はないしで、すぐ壊れちゃうんですけど……。見かねた祖父が木でしっかりした机を作ってくれたんですが、ぜんぜん可愛くなくて「こういうのじゃない!」って思いました(笑)
── 芸大進学前も創作活動はしていたんですか? たとえば美術部で制作をしていた、とか。
身体を動かすのが大好きで、中学では陸上部、高校ではバトミントン部と、ずっと運動部でした。ただ、子どものころのおもちゃ作りの延長で、創作自体は続けていました。あと、書道を本格的にやっていましたね。
── 荒木さんが発表されている作品はすべて立体作品ですよね。絵画のようにな平面的な作品はつくらないんですね。
実は絵を描くこともぜんぜんないんですけど、それは平面で作品をイメージすることができないからなんですよ。書を書くときも字を立体的にとらえていました。縦の線と横の線が交わる文字の構造とか、筆を動かすときの動作とか、すべてが浮き上がって建築的に見えてくるというか。
── つまり、はじめから頭のなかに立体構造が思い浮かぶ、と。
そうです。質量を持った立体のイメージが浮かびます。
── 作品のイメージはどうやって発想しているんですか?
例えば、お昼ご飯にあれが食べたいと思う感覚と同じように、自然とイメージが浮かぶことが多いですね。もはや生活の一部です。ただ、あらかじめ展示される場所が決まっている場合は、より空間全体を意識し作品をイメージしていきます。
── 空間を作るとき、なにか意識していることはありますか?
空間づくりには書道の経験が生きているんですよ。紙に書く作品のいいところは、一本線を引くだけでそこに「余白」をつくれることだと思ってます。それを立体でも表現するために、ひもやリボンなど「線」を感じさせるものを使って、空間に「余白」を生み出すようにしています。
ささやかな幸せを大切にできるように。新たな視点を変える作品を創りたい
── 荒木さんは身近な既製品を集めて作品を創られていますが、現在の作風に至った経緯を教えてください。
彫刻科の課題って、基本的に木や石や粘土とか、ベーシックな素材を使用して作品を制作することが多いんですね。でも、そのなかでレディメイド(※)の課題が出たときに「あ!」って思ったんです。子どものころから雑貨の収集癖があって、ライターやろうそくなど、ハマるとたくさん集めてました。その背景があったから、自分にとって身近な素材ってこういうものかもしれないと気付きました。
※レディメイド:既製品を用いた芸術作品のこと。1915年マルセル・デュシャンによって生み出された。
── そこから既製品を用いた作品を作りはじめたんですか?
大学に在学していたときは、レディメイドの作品はその課題以来作っていなかったんです。でも、アーティストとして生きていこうと思ったとき、やっぱり身近な素材で作品を作りたいと思って、今の作風に行き着きました。
── 作品ごとに集める既製品はどうやって決めるんですか? 作品を拝見すると、一貫性があるような、ないような不思議な印象を持つのですが。
テーマに見合う素材を集めるようにしています。展示されるのが特殊な場所の場合は、その意味合いを表現するための素材を取り入れることもありますね。
── なるほど。集める素材と造形する形は、どちらが先行して思い浮かぶものなんですか?
全体の構造が浮かぶのが先ですね。そこに実際にいろいろな素材が集まってきて、また少しずつ変化していく感じ。いつも自分のイメージを越えるものを具現化できるよう、制作に臨んでいます。
── 一連の作品には、既製品が集まっているという見た目の共通点がありますが、こめられているメッセージに一貫性はあるんでしょうか?
見る人に何か「新しい視点」が生まれるきっかけになればいいなと思っています。身近な存在である既製品が、アートに昇華されると特別なものに見えてくる。そうやって視点が変わるだけで、世界の感じ方が大きく変わるはずです。だから素材を普段使うときとは違う角度で付けてみたり、見えない部分を前面に出してみたり。普段気づかないこと、「こういう形だったんだ!」とか「こんなにキレイだとは思わなかった!」そんな感想をもらえるとすごくうれしいです。
── 初期の代表作である『完璧なペア』を拝見したのですが、幸福感を感じる華やかさと壊れてしまいそうな儚さが同居していてつい見入ってしまいました。荒木さん自身も思い入れのある作品だそうですが、どんな経緯で創られたのですか?
この作品の創作に入る前、祖母が亡くなり、そしてロンドンでテロが起こりました。私の中で、はじめて「死」をリアルに意識した出来事でした。人はいつ死ぬかわからない。じゃあ、私は今まで作ってきた作品だけを遺して死ねるかなって。そのとき、「まだ死ねない。満足できるものを作れていない」って感じたんです。それでこの『完璧なペア』を制作することにしました。
── どんな思いをこめて作られたんですか?周りの人のささやかな幸せを大切にできるような作品を作りたくて、実際のカップルから履き古した靴を提供していただきました。そこにお菓子のアラザンをつけていきました。幸せは流動していくもので、完璧な形はない。一瞬の儚い美しさを表現したかったので、食品である甘くてキラキラしたアラザンを使いました。ただ、そのあとアラザンが溶けてしまって(笑)代わりにビーズに付け替えました。ビーズは人が宝石に似せて作ったもの。儚さと美しさを表現するうえでは、アラザンに負けずとも劣らないと思います。
内側に込められた毒のある美しさこそ女性ならではの感性
── 近年は同じ色合いの素材を集めたモノトーンの作品を多く制作されていますよね。なにかきっかけがあったんですか?
以前はいろいろな色のものを素材として使っていたんですが、ある時、ひとつの色にもたくさん種類があるのに、好きな色を無意識に選んでいることに気づきました。ひとつの色の中でも色合いの微妙な違いと素材の関係性や、そこから広がっていく世界を表現できないかなと、実験的にモノトーンの作品を始めました。そうしたらすっかりハマってしまって。最近は、そこに「女性性」を合わせて表現するようにしています。
── なぜ「女性性」を表現しようと?
芸大時代、ものすごく人がいい友人がいたんです。明るくて気さくで、腹黒さなんてまったくない人でした。その友人が確か「怨念に満ちた、暗くて怖いものを作りたい」と言って作品を創作したんですけど、できあがったものがまったく怖くなくて(笑) そのとき、作り手のなかに要素がまったくないものは、表現することができないんだって気付きました。だから、せっかく自分が女性として生まれたので「女性性」を作品に昇華させたいな、と。
── 荒木さんが思う「女性性」を言語化するとどんな表現ができますか?
湿度がある感じかな。ただ、いろいろな女性がいるから素材や空間に合わせてどんな「女性性」を取り入れて表現するかは変えていきたいと思ってます。最近考えるんですけど、女性って人生にいろいろな変化があっておもしろいですよね。たとえば10年前にしていたのと同じ話題でも、まったく感じ方が変わるし。
── それはすごくわかります。とくに仕事を持つ女性だと、ライフスタイルの変化が働き方に大きく影響しますが、アーティストの場合、ライフスタイルの変化はなにか作品に影響をもたらすことがあるんでしょうか?
あったみたいです!結婚した直後の作品が幸せに満ち溢れてるねって言われました。ちょっと恥ずかしかったです(笑)。結婚後強くなったのか、ナイフの刃をむき出しにした危ない作品も作るようになりました。
── 素材に関してはどうですか? 「女性性」を表現するために使うようになった素材はあるんでしょうか?もともとハイヒールは大好きで素材としてよく使っていました。「女性性」を意識して集めたものは、ワンピースや下着、つけ睫毛やレースやリボンとか。口紅を使った作品もあります。
── 「女性だから」「男性だから」という区別は必ずしも正しいとは言えないですが、女性の感性だからこそ表現できるものが何かあると思いますか?
毒のある美しさは女性ならではの表現なのではないかと思います。人間の内側のドロっとしたものが秘められているというか・・・。男性はそれを課題として扱うことが多いように感じますが、女性は作品のなかに内在させているのではないでしょうか。
引力の中心になって星のかけらを集めるように作品を作っていきたい
── 今、制作している作品は何かあるんですか?
愛知県の佐久島で、海辺に展示するための作品を創っています。佐久島はもう10年以上前からアートで島おこしをしていて、島中のいたるところにアートがあります。私は2011年にも一度個展をさせてもらいました。
── そのときの作品はどんなものだったんですか?
「星」をテーマにした椅子型の作品で、薄紫色の浜辺に設置して、満潮になると海の上の椅子に座っているように感じられるものでした。はじめは3か月限定展示の予定だったんですが、常設させてもらえることになって。ただ常設用に作ったわけじゃないので朽ちてきて、今年リニューアルすることに。
── それで今年、代わりにまた新たな作品を作る、と。はい。テーマは同じで「星」を意識するような作品です。今度は表現の方法を変えたいな、と。ちょっと挑戦的なことをやるので、ちゃんと完成させられるかどきどきです。……!
── どんな作品になる予定か、教えてもらってもいいですか?
星のかけらを拾い集めて、星や惑星が出来るように作品を作りたいと思って、空を、宇宙を「覗く」ような作品になる予定です。空って見上げるものだけど、あえて覗きこむことで、空から宇宙へと永遠に広がっていくような想像ができるようなものにしたくて。作品を設置する場所は島の中でも比較的静かなので、自然と、向き合う体験を作品を通してしてもらえたら嬉しいです。
── 最後に、アートと向き合うコツなどあれば教えてください。
人それぞれ自由でいいと思います。 いろいろな見え方や感じ方がある方がむしろ楽しいじゃないですか。自由に楽しんでほしいです。それと、アートっていうとすごく狭い世界のように思いがちですが、音楽や文学や科学とか、どの分野にも、いろいろなものと繋がっています。だから、まずは自分の好きな分野を通してアートを覗いてみるのもいいんじゃないでしょうか。
自由に表現された作品は自由に楽しむことこそが本質
荒木さんと話していて印象的だったのが、とても楽しそうにアートについて語ってくれたこと。「お昼ごはんを決める感覚」と言うように、彼女にとって創作活動は食べることと同じくらい自然なことなのだろう。自分の頭のなかに浮かんだイメージを自由に表現している荒木さんの作品は、だからこそ見る側も思うまま感じたままに楽しむことができるはずだ。
kakite & kikite : 近藤世菜 / photo by Hiroyuki Otaki (クレジットがないもの全て)/EDIT by:PLART & BrightLogg,Inc.
撮影場所協力:私立珈琲小学校
取材協力:AIN SOPH DISPATCH/LOKO GALLERY
荒木由香里(あらき ゆかり)
1983年 三重県生まれ
2006年 名古屋芸術大学美術学部造形科造形選択コース研究生修了
主な展覧会に 個展「眼差しの重力」(2016年 LOKO GALLERY、東京)、「2015年度魅力発信事業成果展 リフレクション」(2015年、岐阜県現代陶芸美術館)、「WABI SABI SHIMA」(2015年 H18 gallery、ブリュッセル)、「三重の新世代 2015」三重県立美術館(2015年 三重)、個展「APMoA Project ARCH 何ものでもある何でもないもの」(2012年 愛知県美術館名古屋)、個展「あいちアートプログラム 星を想う場所」(2011年 新谷海岸、弁天サロン 佐久島 愛知)等。愛知を拠点に国内外で多数。
【佐久島 荒木由香里 個展】
2017/6/24(土)〜9/3(日)展覧会終了後は常設展示作品。
佐久島公式サイト:sakushima.com
三河・佐久島アートプランサイト:m-mole.com/sakushima/