肩書きはいらない。【写真家・石川 直樹】

PLART編集部 2017.4.15
TOPICS

4月15日号

「自分が行けない場所へ、行くことのできる人」

すごく安易な言葉だと思う。だけど、それが石川さんを知った時に浮かんだ言葉だった。

はじめて石川さんの作品を観たのは、都内で開かれていたアーティスト奈良美智さんとの二人展だった。展覧会は、北海道の北にある細長い島、サハリンなどを2人が旅したことをテーマにしていた。見知らぬ景色を見て、異なる文化を知り「日本のすぐ北に、こんな世界があるのか」と驚いたのを覚えている。

(2015年、二人展「ここより北へ 石川直樹 + 奈良美智 展」
(ワタリウム美術館)のチラシビジュアル)

それから、石川さんの作品を見かける度に「この写真の場所はどこだろう?」と目に留めた。「なぜ、その場所へ行くのか?」いつかお話を聞いてみたい、と思っていた筆者にチャンスを頂けた。

 

訪れた場所は福島県白河市。ここで、公演が行われるミュージカル「タイムライン」の本番を迎えるにあたり、講師として参加している石川さんは2週間ほど滞在している。

「タイムライン」は福島県の中高校生が誰でも参加することができるミュージカルだ。演技や音楽の特別なスキルなどは必要はない。参加者は稽古への出席を強制されることもなく、出演にあたって選抜されることもなく、誰でも演じることができる。中高生のありふれた日常を、身体や音楽や言葉や写真・映像などを使って描いたミュージル劇だそうだ。

石川さんはこのプロジェクトに去年から参加されている。(※1)

「はじめまして」

石川さんは肩から小ぶりのカメラをかけ、現れた。

「本の世界を自分の目で見たい」自分の素地を作ったのは、本。

── 子供の頃はどんな事をされてました?

「とにかく、読書が好きで本を読んでましたね。電車で通学しなくてはいけない場所に小学校があって、車内では子ども向けの文学全集のシリーズや、冒険や探検などの本を好んで読んでいました。本の中に出てくる場所を想像して、いつか自分も行ってみたい、と」

中高生になると、例えば、カヌー乗りの野田知佑さんや、作家の椎名誠さんの本などを読み始めた。

「本に出てくる人物はみんな自由でかっこ良かったです」

ハッキリ言葉にする事はなくとも将来、自分で旅をしながら、自分の目で世界を知りたいと思っていたそうだ。

17歳のとき、夏休みを利用して1人でインドとネパールへ1ヶ間旅行をした。きっかけはもともとバックパッカーだった世界史の先生から、旅の話を聞いたことだった。

出発前は両親に反対されたが、行き先を告げずに旅立ち、現地から報告したそうだ。「アジアに行くならシンガポールとか安全な場所に。と言われたけど、嘘ついて行ったんですよ」と言うが、今の石川さんからは想像が出来ず、何だか微笑ましくてつい笑ってしまった。

 

自分が訪れる場所は隈なく調べてから、旅へ出る石川さん。

「ガイドブックやインターネットに載ってる場所より、誰も行ったことない場所へ行きたい。だからこそ、最大限調べるんです」

石川さんからは、底知れない探究心と好奇心を感じる。頭のなかは四次元ポケットなんではなかろうか。膨大な情報を調べ、その先にある自分だけの驚きや発見を探す。

単純な言葉だが、カッコよすぎる。

(2003年、初個展「for circumpolar stars 極星に向かって」(エプサイト)のチラシビジュアル)

 

取材中、話に上がった作品で、東京の品川駅構内にある「おだし東京」(スープストックトーキョーの新業態店舗)に飾ってある、ネパール ヒラヤマ山脈8,000メートルからエベレストを写した作品だ。

 

(画像提供:株式会社スープストックトーキョー

宇宙を見てるのかと思うほど、濃い紺色の空。撮影した時間は昼間だそうだ。

空気も薄いし、細かな塵の反射もない。そして成層圏の端っこに繋がる空が、本当にクッキリとした色で目に飛び込んでくるんですよ

都内のど真ん中、人々が行き来する巨大な駅で見るエベレストという山。ギャップにとても惹かれた。

── このような場所に行かれた時に石川さんは何を思ってシャッターを切るのですか?

実は、今回の取材で1番聞きたかったことだった。今回の特集は「自然のなか」。壮大な自然のなかに一人で向き合ってる石川さんは山の頂上で何を考えるのだろう?と。だけど、返ってきた言葉は勝手に想像していたものとは違った。そして、納得した。

「みんなが思っている様なインタビュー映えする感想はありませんよ。登っている最中も、街の中でも特に何も変わりません。特別なことは考えていない。登頂して終わりでなく、登って降りるすべてのプロセスが登山だし、どこであろうが、シャッターを切るのは反応したとき。気持ちが揺れ動いた時に撮るだけなんです

肩書きはいらない。石川直樹、そのままでいい。

「肩書きを付けられるのは違和感がある」と石川さんは言った。

「冒険家と未だに呼んでくれる人がいるんですが、自分から名乗ったことは一度もないです。一年で最も多いのが写真の仕事だから、一番適切なのは写真家。だけど、本当は肩書きなんていらないです。肩書きを持つことは、その枠にどうしたって縛られてしまうから好きじゃない。関心のあることに向かってどんな枠に囚われず、生きていきたいですからね」

作家としての確固とした姿勢をもち、影響力が強い石川さんだからこそ言える言葉かもしれない。

写真家ではなく、「石川直樹」 という名前だけでいい。何十年先も石川さんは、きっと変わらない。

自分の探究心・好奇心に素直で、貪欲で、自然と世界に「個」として向き合い、心が動いた瞬間を写真というツールで残す。そこから広がる未来に「石川直樹」がいる。

ただ、それだけだ。

 

福島の後は沖縄や北海道、そしてイタリアやカンボジアをはじめとする東南アジアの海外撮影へ出る石川さん。文字通り、国内外を飛び回っている。

自分が今、生きている日常を撮るだけです。それが東京の雑踏でも、福島の中高生の通学路でも、南極の氷上でも、どこだって自分がそこにいる限り、ぜんぶ人生の一部だからね

 

取材の終盤、「石川さんにとって自然とは?」と質問させてもらった。

「人は普段、五感を閉じて生きてる事がほとんどだと思う。だけど、厳しい自然のなかでは五感を最大限に使い、生きていく必要があるし、それが可能だと感じられる。そうしたもともと人間に備わったさまざまな感覚を思い出させてくれるのがぼくにとっての自然じゃないかな」と答えてくれた。

自分の足で出かけ、五感を使うこと。そして、心が揺さぶられること。
だけど、それは自然のなかだけじゃなくても、現代の社会でもいえること。

本と出会う、人と出会う、自然と出会う。
この広い世界で心を揺さぶられる事に出会える事は
とてつもない奇跡なんじゃないかと、石川さんの話を聞いて思った。

 

 

kikite & kakite :kakiuchi naomi / photo by hashimoto mika

 

(※1)チャレンジふくしまパフォーミングアーツプロジェクト

ふくしまの中高生によるミュージカル創作・公演。福島県庁が主催の3年間のプロジェクト。
作・演出にマームとジプシーの藤田貴大さん。音楽・大友良英さん。そして、写真・映像に石川直樹さんが参加され、中高生たちが参加する演劇だ。今年で2年目となった。
公式サイト:http://www.fukushima-performingarts.jp/

 


巡回個展 石川直樹「この星の光の地図を写す」

会期:2017年08月10日(木)から2017年09月24日(日)まで
休館日:月曜日、9月19日(火)

※ただし、8月14日(月)、9月18日(月・祝)は開館

会場:新潟市美術館

公式サイト:http://www.ncam.jp/exhibition/3981/

石川直樹 最新作品集「この星の光の地図を写す」(リトルモア)
今夏、刊行予定。


石川 直樹(いしかわ なおき)

1977年東京生まれ。写真家。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。最近では、ヒマラヤの8000m峰に焦点をあてた写真集シリーズ『Lhotse』『Qomolangma』『Manaslu』『Makalu』『K2』(SLANT)を5冊連続刊行。最新刊に写真集『DENALI』(SLANT)、『潟と里山』(青土社)、『SAKHALIN』(アマナ)、著書『ぼくの道具』(平凡社)がある。
HP:http://www.straightree.com/



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