【連載】アートのある暮らしvol.10「宝物の集まる家」

PLART編集部 2017.9.15
SERIES

9月15日号

連載 アートのある暮らしとは?
日本のアートには3つの壁があります。
「心の壁」アートって、なんだか難しい。価値がわからない。
「家の壁」飾れる壁がない。どうやって飾るかわからない。
「財布の壁」アートは高くて買えない。買えるアートがわからない。
そんな3つの壁を感じることなく、アートのある暮らしを素敵に送ってらっしゃるお家を取材します。

 

渋谷駅から井の頭線で数分。都会の喧噪がうそのように静かでゆったりとした街に到着する。

この街には古くから続いている個性豊かな店がテンポ良く立ち並び、取材の数日後に開かれる祭りのために、あちこちで提灯が揺れる。

ノスタルジックな気分に浸り歩き進めると、突然、目の前に近代的で巨大なコンクリートのボックスが目に入ってきた。

ここが今日の目的地、アートのある暮らしを紹介してくれる「hemii(へミィ)」というブランドを手掛けるアーティスト・moeさんの住まいだ。エントランスを抜けると緑あふれる空間が広がり、さっき感じた下町気分が、一気に都会的な気分に変化していく。とても静かで、無機質とも思えるモダンな通路を突き進むと、彼女の部屋が見えてきた。

入り口にあるガレージを抜け、彼女の部屋へ一歩足を踏み入れると、棚には古いビンやカンがぎっしりと並び、奥に進むと数々のスノードームや人形、レコードなども目に入る

部屋の真ん中まで歩き、ぐるっと見渡すと、ここはアンティークショップではないかと錯覚するほどたくさんの小物がちりばめられていた

 

「フリーマーケットで買ったビンやカンや小学校の時に英語の先生からもらった人形など、幼い頃から集め続けている、私の宝物なんです。アンティークにこだわっていたわけじゃないけど、『かわいい!』と思うものを集めていった結果、雰囲気に統一感が出たような気がします。おばあちゃんになったら喫茶店を開いて、集めた雑貨を販売したいなって密かに計画しています」

彼女は照れながら話す。

ベッドのからほど近い壁には、アイアンで作られたアート作品が飾られていた。

「これは、アーティスト・東城信之介さんの作品です。当時はまだ駆け出しだった彼の展示会に行って一瞬にして一目惚れ。どうしてもとわがままを言って譲っていただきました(笑)」

 

やってみたいことは全て経験してきた子ども時代

moeさんは、父からデザインの感覚を、そして、母から作る楽しさを、知らないうちに学んだという。

「オーディオデザイナーの父は、例えば食卓で『このグラスの厚みってどう思う?』とか『このお皿の口当たりはどう?』など当たり前のように聞いてきました。そんな暮らしが当たり前でしたね。

陶芸家の母は、とにかくなんでも作れる人でした。幼いころ私が欲しがる物は母が作ってくれていたし、街を歩いていると、『これ、作れるんじゃないかな』とよく言っていました」

「幼い頃、私がやりたいことは全部やらせてくれましたね。例えば『絵を描きたい』と伝えると、児童館で開いていた油絵教室へ通わせてくれたり。英才教育ではないけど、まわりには紙とペンがあって、いつもなにか作っている子どもでした」

彼女は絵を描き、ピアノを演奏し、ダンスを習い、と「やってみたい」と思うことをどんどん経験していったまた、母親と一緒に美術館に行くことや読書も生活の一部だった。

今でもサン=テグジュペリの『星の王子さま』は大切にしている一冊。「つらいと感じた時は『大切なことは、目に見えない』という言葉を思い出して、前向きな気持ちにしています」とmoeさんは話す。

そんな、たくさんの芸術に触れて育つ過程で少しずつファッションに興味を持ち始め、高校生の時に「ファッションデザイナーになりたい」と思いが強くなる。ただ、服飾の専門学校は「服を作ることだけに限定されるかもしれない」という懸念が頭から離れずモヤモヤしていた時、彼女は運命の出会いを迎える。

 

夢を変化させる出来事との出会い

「アレキサンダー・マックイーンのファッションショーを見たとき、あまりの衝撃で私は号泣してしまったんです」

そのショーは、マックイーンのドラマティックで優雅なドレスが並び、ショーの最後にはマックイーンと親交が深かったケイト・モスがホログラムで登場した2006年の秋冬コレクション。

「マックイーンの世界観と表現力に圧倒されました。映写で出てきたケイト・モスの姿はもちろんだけど、他にもモデル自身がチェスの駒になるなど、彼の斬新な空間演出に触れたことで、『ファッションってこんなにも可能性あるんだ!』って思いました

このコレクションを通してmoeさんは「空間づくりを学んでから、それをファッションに置き換えられるようになってもいいかな」と徐々に考えがシフトしていった。そして、国立新美術館で開催された展覧会「スキン+ボーンズ-1980年代以降の建築とファッション」を見たことで、moeさんの夢の変化が加速していく。

「その展覧会で『建築とファッションは一緒に進化している』と知ったんです。建築を学んでからファッションに進むと、新しいものが生まれるんじゃないか」

と確信のようなものを得て、空間演出も含む建築の世界に憧れを持つようになる。

そしてもうひとつ、彼女を建築へと向かわせた大きな要因がある。それは、父親の存在。

「当たり前に接していた父が、実はとっても有名なデザイナーなんだと認識するようになりました」

彼女は「父のように美大に行って成功しなきゃ」と進路を決意した。使命感と運命に導かれるように。

「それまで父に褒められた記憶がなかったので、褒められるには同じ道を歩まなくては認められないと考えていたんでしょうね」

 

思い描いたファッションの道へ

厳しい受験を経て、moeさんは多摩美術大学に入学。最終的にはファッションに進むことを目標に、建築やインテリアの課題に取り組んだ。

その甲斐あって非常に優秀な成績を残した彼女は、大学2年生の終わりに「このまま行けば、君はいい企業に入れるから」と教授から言われた。

「私は、いい企業なんて行きたくない。私はファッションをやりたいの」

教授の一言が彼女に重くのしかかり、これまで気を張っていた心の糸がプチっと音を立てて切れてしまい、気力がなくなってしまった。なにも手に付かない彼女は美大を休学することを決め、そして後に退学した。

moeさんが身に着けているのは、自身のブランド「hemii」のアクセサリー。

「それまでの人生は、両親や周りの期待に応えなければいけない、応えたいという思いから目を背けることができなかったんです。でも、この退学がきっかけとなって、自分の人生だから自由に進んでいいんだと肩の荷が下りました」

大学退学後は、アルバイトで生計を立てつつ、ファッションをもっと知りたいと文化服装学院の夜間部に入学。昼間はカメラマンや衣装デザイナーのアシスタントをやりつつ、夜はファッションを学んだ。

また、その頃に友人と、「Jekyll×Hyde」というアートユニットで活動も行った。

「すべての物は多面性でできていて、物事はたくさんの要素が詰まっています。私は写真で世界の表側を表現し、友人は油絵で世界の裏側の表現をする。そんな表裏一体の表現を使い、同じテーマで一緒に作品を製作すると、その作品はどういう世界を示すのか? と発信していました。たくさんの人に反響がありましたね」

「hemii」タペストリー。(Planet)

moeさんは文化服装学院を卒業後、それまでアシスタントとして携わっていた衣装デザイナーと一緒に仕事をした後、今年の6月に独立。アクセサリーやタペストリー、ウェディングアイテムの作品を製作するブランド「hemii」を立ち上げた。

ボヘミアンの自由奔放で放浪的で捉われない生き方が今までの自分の人生のようで、これからもそうでありたいし、皆がそんな部分を持っていたらいいのにと思い、“ボヘミアン=bohemian”の文字を一部使って『hemii』と名付けました」

そして、彼女は続けて、「振り返ると紆余曲折あったけど、これからは何にも囚われず、自分の思うままに作品を届けていきたいですね」と語り、満面な笑みを私たちに見せてくれた。

新芽がでたばかりのカポックと。

部屋に飾られる植物は、彼女の自由な生活に一役買っている。

「生活するうえで植物は欠かせません。毎朝、それぞれの植物にゆっくりと葉水をしていく時間はとっても大切。心が穏やかになり、前向きな気持ちにさせてくれます。新芽を見つけたら本当に嬉しいんです。そんな小さな事にすごく幸せを感じてます」

 

さらに増していく輝き

彼女を初めて見たとき、自由な雰囲気とは裏腹に、目の奥にまっすぐとした光を感じた。

「この光はなんだろう?」 そんなことを思いながらのインタビューだった。

インタビューの最後、彼女が「今の生活はとても自由で、ストレスフリーなんです」と微笑む瞳の奥には、敬意と葛藤を背負いながら運命と自由を纏い、懸命に生きようとする一筋の光が見えた気がした。

懸命に正直に進んできた彼女だからこそ、自由な生き方にたどり着いたのかもしれない。

インタビューが終わると、その瞳はさらに光を放ち輝いていた。

 

kakite : Hiroyuki Funayose / photo by Yuba Hayashi / EDIT by PLART(松本麻美)


田中萌/Moe Tanaka

1989年4月28日生まれ。

平成21年 4月 私立 多摩美術大学 美術学部 環境デザイン学科 入学

平成24年 3月 私立 多摩美術大学 美術学部 環境デザイン学科 中退

平成25年 4月 私立 文化服装学院 Ⅱ部 入学

平成27年3月私立 文化服装学院II部 卒業

 

2017年6月オリジナルブランド hemii を設立。

”hemii =捉われない放浪的な生活を”

-contents-

・フルオーダーハンドメイドアクセサリー

・ハンドメイドマクラメタペストリー

・フルオーダードレス/衣装

・フルオーダーウエディングアイテム

・オリジナルアクセサリー、インテリア雑貨の委託販売/ワークショップ

etc…

 

HP:https://hemii.jimdo.com/

instagram : @hemii_aow

     https://www.instagram.com/hemii_aow

 



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