街は、暗黙知をぶつけ合う場と機会である【株式会社アーキネティクス 吹田良平】

PLART編集部 2017.12.15
TOPICS

12月15日号

あらゆる街……それも都市に“個性”を見い出す一人の男性がいる。

編集者・ディベロッパー、吹田良平(すいた りょうへい。以下、吹田さん)さんだ。

場・空間・立体など、どことなく形取ることのできない輪郭に興味を強く持つ吹田さん。

深く潔い興味関心と思考回路を少しずつ紐解いていく。

変わったのは考え方ではなく“欲”のあり方

「どことなく不思議で、柔らかい人」これが、吹田さんの第一印象だ。

青森県の田舎で育った幼少期を、吹田さんは以下のように語る。

小さい頃から街の醸す高揚感が妙に好きでした。サバーブの住宅街に住んでいましたが、街へ出向いては賑わいや熱気の求心性に飲まれ、ポーッとうっとりしていました(笑)」

若かりし頃は商業施設のプランニングを生業としていた吹田さん。

40代になった時に退職し起業、その後は現在に至るまで都市空間の開発を行なっている。

「商業施設では、人間の行動を垣間見ることができますよね。ショッピングという欲望充足行為や、人と人とが集まって熱量が上がっていく瞬間だったり。そんな、店を起点に街にさざ波が立っていく光景に強く惹かれるものがありました

吹田さんは、商業施設の醍醐味は新しい建物が出来ることによる人の流れの創出、つまりダイナミズムにあると語る。場を作ることによって、新たな人の営みを生み出すことに、快感を覚えたのだ。そして、当時覚えた快感はやがて、「都市」への興味に姿を変える。

「年を重ねていくと、僕自身、買い物をする機会がグンと減って、物を消費することへの興味が薄れていきました。それと引き換えに膨らんでいったのが、商業施設も一つのパーツとして包摂する街自体への関心です

商業施設にせよ都市にせよ、吹田さんの興味は「不特定多数の人が集まることで、そこに生まれる可能性」にあることを忘れてはならない。

ポートランドの都市再生に出会って、確信した都市への思い

『グリーンネイバーフッド―米国ポートランドにみる環境先進都市のつくりかたとつかいかた』は、アメリカオレゴン州のポートランドに関する都市再生について紹介した、吹田さんの著作だ。

ゆったりとした口調で都市への愛を語る吹田さん。東京も紛れもない大都市の一つと言えるが、吹田さんが著書で紹介したのは、アメリカの一地方都市にすぎないポートランドだった。いったい、ポートランドにはどんな魅力があったのだろうか。

「日本各地で、まち起こしやまちづくりを行なっている方々のことは大変尊敬しています。だけども、僕にはまったく興味が湧かない。

そんな時に、たまたまポートランドに行く機会がありました。その際に、ポートランドパール地区というものすごく興味深い都市再生プロジェクトと出会ったんです。ほんの10m歩いただけで、その街の気配にやられちゃったんです

ポートランド パール地区光景

ポートランド パール地区光景

「いわゆる、お馴染みの都市評論家、J.ジェイコブスの提唱する、”豊かな街の4つの要素”が、全部ポートランド・パール地区に実装されていたんです。だから、僕が興味を抱いたポートランディズムとは、コミュニティ論でも市民参加型まちづくりでも、全然ないんです」

・街区(ブロック)の長さは短く、曲がる頻度が多いこと(=歩きたくなる街並み)

・古い建物と新しい建物が共存していること(=スタートアップや中小企業の居場所の確保)

・複数の都市機能が共存していること(=365日24時間、街が重層的に使われる仕組み

・一定以上の人の密度があること(=セレンディピティを誘発

こんなにインターネットが定着しているのにも関わらず、世界の電話通信、ウェブサイトへのアクセス、投資マネーの流れの過半数は比較的近接した地区内で行われているそうです。つまり、インターネットの普及によって、”どこにいるかは意味をなさなくなった” のではなく、逆に一部の場所への集積がインターネットの時代になって、さらに加速したんです。だから都市の時代なのです」

その理由は、きっと会うことからでしか生まれない新しいアイデアの相互作用にあるのだろう。

吹田さんは、その違いを“暗黙知”という言葉で表現した。

「SNSやネットに投稿する言葉は、その内容の良し悪しはさておき『形式知』ですよね。一方、人の頭の中には、まだ言葉にはできない、知恵の芽や気づきの花粉がモヤモヤと存在しますーーつまり『暗黙知』です人と会って話すことは、そんな暗黙知をぶつけ合って、気づきの芽を洗練させる活動に他なりません。そのための格好の舞台が、多様な社会背景、文化、価値観が集積する”都市”なのです

多様なアイディアが結びつくこと、そしてまだ言葉にならない“暗黙知”をキャッチボールのように投げ交わすこと。それが、都市が都市である魅力なのだろう。

「都市・紙媒体・編集の3つが好きだったから」

今夏(2017年6月)には、雑誌『MEZZANINE』創刊した吹田さん。

創刊号では、香港・ロンドン・渋谷の3都市に焦点を当てて解説を添えている。

雑誌を出版するに至った経緯を「都市・紙媒体・編集の3つが好きだから」とシンプルに語る吹田さんだが、編集への視点は少し突起していた。

「以前所属していた会社の代表作の一つに、東急ハンズの業態開発があります。開発時のコンセプトは”手の復権”。その心は、”自ら築きたい生活環境を自らの手によって作り上げる、クリエイティブ・ライフ・ストア” です。その明確なコンセプトに沿って、商材と人とを集めて1軒のお店を造り上げていくのです。でもそれってどうでしょう。雑誌の編集テーマを決めて、それに沿ってページを編んでいく編集行為と一緒ですよね」

吹田さんは、どうも、店舗の品揃え、ショッピングセンターのテナント揃え、都市への人と機能の集積を、雑誌の編集行為と見立てたらしい。

「この世の真の創造者である神は、木や枝や土や海を一から創造しました。一方で、人間に出来る創造行為って何かと考えた時、それは編集なのではないかと気づいたんです。すでに世の中に存在する物事を、独自のテーマでもって独特に組み合わせることで、そこに、これまでにない新たな地平をつくり上げる。編集こそが人間ができる唯一の創造行為だと確信したんです(笑)。だから僕は、プリントメーカーでありプレイスメイカーです、と自称しています」

都市・紙・編集の3つの要素が揃って生まれた『MEZZANINE(メザニン)』。

タイトルにも編集者ならではの視点が垣間見える。

メザニンには、中二階という意味があります。ストリートでなく、だからと行って屋上でもなく、少しだけ高い位置から都市を見つめることで見えてくるものがある“虫の目”と“鳥の目”の両方を持ち合わせたいと思ったのです。それがメザニンという名の由来です

アジア・ヨーロッパ・そして国内を一冊に集約する創刊号の特集(編集)テーマは、「都市はイノベーションの培養装置である」というもの。その中で特に注目したいのは、ロンドンのキングスクロスという都市再生プロジェクトだという。そこでは、1日に5,000もの関係者が訪れるロンドンの芸術大学「セントラル・セント・マーチンズ」を街の核施設として誘致。5000人ものクリエイティブシンカーが触媒となって、街に訪れる人のアイデアを次々と結合していく仕組みづくりが魅力的であると吹田さんは語る。

ポートランドから始まった吹田さんの都市再生への興味関心は、すでに世界中のあらゆる都市へと向かっている。

街に個性はいらない

ロンドン ショーディッチ光景

最後に、今回の特集名でもある「街の個性」について、吹田さんに問いかけた。

口から出てきた言葉は、意外なものだった。

「街に、個性はいらないのではないでしょうか。というのも、街の個性はその街の当事者たちによって、徐々に出来上がっていくものだと思います。観光として街を訪れるのであれば、それぞれの街の文脈を楽しむことはもちろん大切です。名物や名所を消費していく行為ですね。でもそうした観光都市が成り立つのは日本でもほんの一部だけ。だとすると、これからの街、あるいは都市にとって重要なのは、観光ではなく、そこでどんな物事が生まれるかだと思うんです。都市が身につけるべきは、表層を飾る個性ではなく、もちろん、ゆるキャラでもなく、新しい物事が創造される土壌作り。才能やアイディアを引きつける場と機会づくり。それが、面白い街かそうじゃないかを決定づける最大の要素ではないでしょうか」

街にとって必要なものとは何かを、一つずつ紐解いていく吹田さん。

「そうした新しい物事が生まれていく街=ハプンしている街には、黙ってたって人が寄ってきます。人は活性している光景が大好きだからです。結果として観光が派生するんです。その意味で、街が取り組むべきは、物事を生み出すアーバンマニファクチュアリングでもいいし、第3次産業でももちろんいい。それらに取り組む才能やアイディアを惹きつける場と機会と制度と仕組みの設計です。街にとって観光や個性は二の次だと思います」

ーーー

昔馴染みのある街、最先端の街、今私たちが住むそれぞれの街。

街は時代と共に姿を変える。人や店と共に、少しずつゆるやかに変化を遂げる。

「街の個性」はつくるものではなく、できるものである。

吹田さんの言葉には、今ある街をより愛すためのヒントが隠れているのかもしれない。

kakite : 鈴木しの/photo by Naoki Miyashita/Edit by Naomi Kakiuchi


吹田良平/Ryohei Suita

1963 年生まれ。(株)アーキネティクス代表取締役。MEZZANINE 編集長。大学卒業後、浜野総合研究所を経て、2003年、都市を対象にプレイスメイキングとプリントメイキングを行うアーキネティクスを設立。都市開発、商業開発等の構想策定を中心に関連する内容の出版物編集制作を行う。主な実績に渋谷QFRONT、「北仲BRICK & WHITE experience」編集制作、「日本ショッピングセンター ハンドブック」共著、「グリーンネイバーフッド」自著等がある。2017年より新雑誌「MEZZANINE」を創刊。

 



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