伝統工芸も2000年続くなら、今が黎明期【堀口切子 堀口徹】
2月15日号
真っ白な外観を眺め、同じく真っ白なドアをくぐると、白色で統一された空間が広がっていた。工場と聞いて浮かぶような、パワフルさや雑然としたところがない、シンプルかつ落ち着いた場所だ。そんな洗練された空間で、光に照らされキラキラと輝くグラス・江戸切子をつくっているのが、代表の堀口徹(以下堀口さん)と2人の弟子で制作している、堀口切子(http://kiriko.biz/)だ。
江戸切子は、ガラスの表面をカットしてデザインを施す伝統工芸品だ。芸術的と呼べる凝ったものが多いなか、堀口切子の江戸切子は、透明や黒一色のもの、縦線のみのものなど、普段の食卓にも馴染むモダンでシンプルなデザインが特長的だ。また、持ったときに滑り止めにもなるカットや、底を覗き込んだときに万華鏡のように見えるものなど、使ったときにあっと驚く仕掛けが魅力的である。
伝統工芸なのに“伝統っぽくない”。そんな、今の時代に即した江戸切子をつくる堀口さんのセンスの良さは、どこから来るのだろう。
実家の会社に入るも、つくる時間を確保したくて独立へ
グラスだけでなく、ホテルのラウンジやペットボトルの切子デザインも手がける堀口さんだが、そんな彼にとって江戸切子は、子供のころから家で使い、飾られていた当たり前のものとして側にあった。職人だった祖父に憧れ、中学のときに江戸切子職人になりたいと思った堀口さんは、大学卒業後に実家の会社に入社することで、その夢を叶えた。
入社後は祖父の弟子だった二代目秀石に師事した堀口さん。だが、2008年には独立することになった。
「家業でしたし、堀口家の息子として誰かが辞めたらその穴埋めをしないといけなかった。だから商品管理など制作以外の業務もたくさんやっていて、そのうち月に数時間しか制作できなくなりました。
せっかく職人になったのだからつくる時間をしっかり確保したいと思い、独立の道を選びました。もちろん独立しても制作以外のことをしないといけませんが、自分でつくる時間をコントロールできますから」
「期待に応えて、予想を裏切る」
独立してからは直接的な営業はせず、会社を軌道に乗せたというのだから驚きだ。
「独立したての頃は依頼の件数も少なかった。『(自分のつくった江戸切子は)すげーイケてるのに、なんでだろう?』って思っていました(笑)
でもそれは、知られていないからですよね。
なので、知ってもらう努力はしていました。人の紹介や口コミを大切にして、取材は絶対断らなかったし、SNSでも積極的に友人に発信して、(結婚式の)『引き出物はうちね!』と言っていました。これが唯一の営業ですかね(笑)
そもそも、直接的な営業をしたからと言って買ってもらえるようなモノとも違うかな、と感じていたのかもしれません」
仕事をする上では、劇作家である三谷幸喜さんが口にしていた「期待に応えて、予想を裏切る」という言葉を大切にしている。
「依頼されたものは基本的に受けますし、そこで期待以上の仕事ができれば人との繋がりも増えていく。それがまた新たな仕事に繋がっているのだと思います」
営業はしない。そこからは、苦手なこと、やりたくないことはやらないという堀口さんの潔さが垣間見える。同時に、その分やると決めた仕事に集中し、常に期待を超えるという、ものづくりに対する誠実な姿勢を感じた。
デザインはシンプルに、感度は高く
期待以上の仕事をする上で大事にしているのが、いかに完成度を高められるかということ。
「江戸切子って、値段もクオリティもピンキリなんですよ。見慣れていない人が見たら、模様がたくさん入っている方が良くて、値段も高いと思いがちなんですが、一概にそうとは言えないところが難しい。
堀口切子の加工は、あくまでも手段であり、目的ではありません。いたずらに加工やデザインを複雑にするのではなく、必要な加工を必要な分だけ施す。そういった中で、デザインを考えながら、制作においての難易度をいかに下げ、完成度を高めることができるかというのが鍵となります。例えて言うならば、80点を目指すのではなく、90点をどうすれば、91点、92点になるかというようなことです」
とはいえ、シンプルなデザインを施した江戸切子の良さをわかってもらうのは難しい。なので、見せ方は常に意識しているという。
「例えば、ホームページや印刷物などに使われる写真やデザイン、コピーなど長く付き合っているプロの方とブランディングも含め作り上げていきます」
商品のリーフレットも表紙と中のページの紙質を変えたり、ロゴの位置を仔細に検討したりと細部にこだわった。
「堀口切子を評価してくれる人は、感度の高い人が多いですね。例えばリーフレットを見て、フォントの幅や大きさ、写真の位置など、細かいところに気がつく人。
デザインには流行り廃りがあり、それは、自分が作っている江戸切子でも同様に存在します。そのため、我々職人も普段からあらゆるものへアンテナを高く張り続ける必要があります。アンテナが低くてもすぐに仕事に支障が出るわけではないですが、じわりじわり、つくるものが時代遅れになっていくような気がします」
感度を高くしておくことは、江戸切子など伝統工芸の職人こそ大切にすべきだと力強く語った。
2000年のスパンで考えれば、今は黎明期
堀口切子のシンプルなデザインは、堀口さんの美意識の集合体であると同時に時代を意識したものでもある。そもそも江戸切子自体が、常に変化してきたからこそ続いてきたものだ。
「江戸切子は、産業として残ってきたという側面が重要で、そのため江戸切子の定義は自由度が高いんです。産地指定は重要になりますが、それ以外の色や形、デザインにおいても自由なんです」
そうした柔軟性に富んだ基準を設けて制作へのハードルを下げ、かつ時代に即したものづくりで売れることを意識し、江戸切子は変化を重ねてきた。
「変化が具体的に現れるのが、デザインです。過去の江戸切子を調べてみると、30〜50年周期でデザインが変化していることがわかります。例えば、江戸切子と聞いて思い浮かべるものとして、赤や青の色被せガラスに凝った模様が彫られているものがありますが、これは昭和後期のデザイン。今はよりシンプルなものの方が時代に合っているような気がします」
180年続いてきた伝統工芸というと残すことに意識が向きがちだが、堀口さんは江戸切子を、例えば今後2000年というスパンで考えることがあるという。
「江戸切子が今後2000年続くとすれば、今は黎明期に当たるでしょう?そうすると、もっと技術においてもデザインにおいてもトライ&エラーをしていこうという気持ちになります。例えば自分は、30代の頃から70歳80歳のときの制作を見据えたデザインを考えたりしています。
江戸切子の制作は視力が物を言い、歳を取ってカットの粗が出てくると『目が上がってきたね』と言われ、いい味が出てきたとは、まず評価されません。では積み重ねてきた感性、侘び寂びが味になる江戸切子、というものはないのか。
自分は、江戸切子にも作り手の感性に問うようなデザインが評価されてもいいと思っています」
例えば、縦の線のみが入った「よろけ縞」という文様はよくみると線が曲がっている。あえてよろけさせ、節を入れていき、唯一無二に仕上げていくのだという。
もう一つ、堀口さんはデザインにおいて『Emptiness(エンプティネス)』(余白・空白)の追求も大きなテーマとして取り組んでいる。たとえば「万華様切立盃」と呼ばれる盃は、置いているときのデザイン性もさることながら、飲み物を注ぎ傾けたときに見える景色にはっとさせられる。
「こういった余白があるデザインは、使ったときに完成する。デザインは変化しても、買ってくれた方が使うなかでこちらが施した仕掛けに気づいたときの驚きや楽しみは変わらない。『驚き』という変わらない部分を大事にしつつ、弟子を含めた堀口切子全体として、常に変化し続けていきたいですね」
私たちはこれまで江戸切子を伝統工芸と一口に括っていたふしがある。しかし堀口さんが語ってくれたのはデザインの更新、そして『Emptiness(エンプティネス)』に代表される驚きや楽しみの追求であった。目に見える形ではなく使い手を巻き込んだ驚きや楽しみを継承すること、それが堀口さんの紡ぎ出す伝統なのだと感じた。
kakite : 菅原沙妃 / photo by Mika Hashimoto / Edit by:PLART & Rumi Yoshizawa
堀口 徹/Toru Horiguchi
1976年、東京都に生まれる。二代目秀石(須田富雄 江東区無形文化財)に江戸切子を師事した後、三代秀石を継承、堀口切子を創業する。日本の伝統工芸士(江戸切子)認定。「三代秀石 堀口徹 ガラス作品展(日本橋髙島屋)」等の日本における展覧会はもとより、ニューヨークやパリ、ロンドン・在英国日本国大使館など海外においても作品を発表し、高い評価を受けている。オルビスグループCSR賞社長賞、江戸切子新作展2年連続で最優秀賞など受賞歴多数。