毎日やらずには、いられないことをやり続けた 【インディペンデント・キュレーター/十和田市現代美術館 学芸統括 金澤韻】

PLART編集部 2018.3.15
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3月15日号

 

人生100年時代と言われる昨今、できれば自分の好きなことを仕事にしたいと思うのは、とても自然なことだろう。

でも「好きなことを仕事にする」は、言葉にするとシンプルなことのように思えるけれど、いざ自分がそうしようと思うと、途端に難しくなる。「一生続けていけるの?」「生活して食べていけるの?」そんな不安が、頭のなかを駆け巡る。

アートなど、クリエイティブと言われる業界においては特にそうかもしれない。でも、そんなアート業界においてコツコツと、しかし確実に自分の道をつくってきた女性がいる。 現代美術キュレーター 金澤韻(こだま)さんだ。

金澤さんはこれまで、岡本太郎さんや横尾忠則さんなど現代美術を中心に、さまざまな展覧会に携わり、アートコンペティションの審査員を務めてきた。

「横山裕一 ネオ漫画の全記録:わたしは時間を描いている」(2010年、川崎市市民ミュージアム)展示風景

スパイラル30周年記念展「スペクトラム」(2015年、東京:スパイラルキュレーター大田佳栄と共同キュレーション)展示風景より、毛利悠子 《アーバン・マイニング:多島海》(2015) 撮影:表恒匡 写真提供:スパイラル/株式会社ワコールアートセンター

「横尾忠則 十和田ロマン展 POP IT ALL」(2017年、十和田市現代美術館、青森:館長の小池一子と共同キュレーション)展示風景より
撮影:木奥恵三

現在は十和田市現代美術館の学芸統括をはじめ、展覧会のアーティスト選定、作品調査、図録の編纂など、キュレーターとしての仕事は多岐に及ぶ。美術館での12年に及ぶ勤務を経て、海外で学び直し、今は独立してアート界各所で活躍中の金澤さん。自分のやりたいこと・好きなことには妥協しない、金髪のショートカットと粋という言葉が似合う女性だ。好きなことをするためって、実際にはどういうこと?具体的には何を実行したの? 

自分の道をつくる」を金澤さんから学びたい。

 

小さい頃からずっと、本が側にあった 

金澤さんのアートの出発点は、“本”にあった。

「両親が共に教師だったので、家にたくさん本がありました。本も好きなものを買いなさいと言われていたし、読む本には困らない子供時代を送りましたね。新学期が始まって、国語の教科書だけもらったその日に読み終えちゃうくらい、とにかく小さい頃から読むのが好きで、家族からもずっと『物書きになれ』と言われていました。それで大学は文学部に進み、日本文学を学びました」

アートの道に進もうと決めたのは、大学時代だという。

「大学の卒業論文は文学をテーマに書いたんですけれど、研究するうちに、文学がすごく机上の空論に思えたんですね。で、もっとリアルなことがやりたいなと。父が美術教師だったこともあってさまざまなアートに触れてきていました。大学でも美術サークルに所属していたこともあり、当時の自分にとって、アートは文学よりリアルに感じられた。横尾忠則の絵を見て、理屈じゃなくてかっこいいって思うじゃないですか。そういうリアルさ。

私にとっては文学もアートも、それぞれ『クリエーション』に対する別のアプローチだと思っていて。

クリエーションにはずっと携わっていたいと思っていたので、今度は文学ではなくアートの方に行ってみようと思い、卒業後は東京芸術大学の修士課程に進みました」

これまでと違う道を進むことに迷いはなかったのだろうか。

キュレーターって実は沢山、文章を書く仕事なんですよ。展覧会を一個開くとすると、コンセプトから作品の紹介文から図録のテキストから…ととにかくたくさん書く。書けないとキュレーターは務まらない、と言われているくらいです。

だから、私のキュレーターとしての基礎は、大学で学んだ文学にありますし、今振り返ると、文章もアートも好きな私にとって、キュレーターは天職だったんだなと思います」

これまでに企画したり携わった展示の図録や寄稿した出版物の一部

 

キュレーティングをやらずにはいられなかった

大学院では、実作と研究の両方をやるコースで学んだが、金澤さんが最終的に選んだのは、研究の方だった。

「絵を描くのも好きだったんですけれど、毎日やらなくても大丈夫だったんですよね。アーティストになる人って、創らずにはいられないんですよ、毎日ごはんを食べるみたいに。私は、キュレーティングに関わることがそうだった。毎日やっていないと落ち着かない

キュレーターの仕事は、アーティスト調査・インタビュー・企画などの実務的な部分と、そもそもアートを研究するために必要なものの見方、つまり哲学や社会学といった理論的な部分の2つから成り立っている。大学院では主に理論的部分を学び、卒業後は熊本市現代美術館、その後は川崎市市民ミュージアムの学芸員として、実践部分の経験を積んでいった。

 

世界を広げるため、仕事を辞めて海外へ

美術館の学芸員として働いていた期間は、計12年。

金澤さんがその自ら『修行時代』と呼ぶ時間に終わりを告げたのは、NYへ研修に行ったことがきっかけだった。

「私がNYに研修に行ったのは2011年で、現地にいるときに東日本大震災が起きました。そのとき、現地のニュースではすごくプラティカルに、今起きている問題をどう解決するかを論じていたんです。一方日本は自粛ムードで、何が不謹慎だとかそうでないとか、ワイドショー的にずっとそういうことばかり流していた。そもそも、日本では国内や日本と関係のある海外ニュースしかやっていない。その日本の環境の狭さに、『このままではまずい』と思い、海外に出ることを決意しました」

海外に出ると決めたからには、どうせなら現代美術キュレーティングで最高峰の場所で学ぼうと思い、ロンドンにあるRoyal College of Artを受験。難関と言われる中なんと一発で受かり、海外に行くと決めた2年後にはもう、仕事を辞めて日本を去っていた。

「受かった喜びもつかの間、現地での授業は大変厳しいものでした。それでも必死に食らいついて、ロンドンでのアート企画もつくり、イギリスと日本のアートシーンの違いを学ぶなど、その後のキャリアにつながる大きな学びを得ました」

『英語が母国語の人でも難しい』と言われる授業を金澤さんは受講した事が今の基礎になっている。

ロンドン留学時代・黒髪ロングヘアの金澤さん

 

イギリスと日本のアートシーンの両方の良さを取り入れていきたい

金澤さんは、イギリスと日本のアートを取り巻く状況は異なり、最初は驚いたという。

「一番違うと感じたのは、イギリスは成熟した現代アートのオーディエンス(アートを見る層)が常に一定数存在しているということです。日本だと企画で最初に考える事は、『この展覧会は誰向けにやるのか』ということでした。イギリスでも同じようにやろうとしたら、『そんなことは考えなくていい』と教授に言われて。どんな企画をしても、そのアートを受け止めてくれる人たちが必ず一定数いるんです」

「だからイギリスではまずキュレーターが届けたいと思う内容から企画を考え始めることができる。一方日本では、まだ現代美術の受容に慣れていない多くの人に向けて企画するから、ターゲットの設定が必要になる。不自由にも感じられますが、広くて雑多な文脈の中で企画していくという面白さもあります。どちらがいいとかではなく、両方の良さを取り入れて、国内外のアートを活性化していく。それが、日本と海外両方を経験した自分にできることだと思います」

そんな金澤さんは帰国後、美術館に戻らず独立した立場で、世界中のアーティスト作品キュレーションに関わり続けている

 

現在会期中のラファエル・ローゼンダール展

今回、金澤さんが、キュレーターを担当した展示「ラファエル・ローゼンダール:ジェネロシティ 寛容さの美学」が十和田市現代美術館で開催中だ。

インターネットアートを発表している、オランダ出身 1980年生まれの現代アーティスト、ラファエル・ローゼンダール。

「ラファエル・ローゼンダール:ジェネロシティ 寛容さの美学」(2018年、十和田市現代美術館、青森)展示風景より
撮影:小山田邦哉

「彼の作品はインターネットで展示されているものが主で、とてもビビッドな絵がずっと画面上で動いているなど、一目見て感覚的にかっこいい、楽しいと思える作品です。ローゼンダールのインターネット上の作品は所有できて、購入すると作品サイトのタブのところに、名前が表示される。けれど、通常の売買された作品と違って、ネットだから誰でもアクセスできるんです。この、誰でもアクセスできるというところを彼は大事にしていて、だからテーマが『寛容さ』なんです」

十和田市現代美術館の皆さんと。「少人数精鋭の若いチーム。このメンバーだからこそできる、ユニークな取り組みが十和田の強みです」と金澤さん/Photo: Alex Queen | Michael Warren

金澤さんは同館の学芸統括も務める。/Photo: Alex Queen | Michael Warren

ローゼンダールのことを語る金澤さんはとても生き生きしていて、本当に彼の作品を好きなことが伝わってくる。

今後、企画したいアーティストは常に数十名、頭のなかにあって、場所やメディアのカタチにとらわれず、アートのおもしろさを伝えていきたいという。

「今すごく挑戦したいのが、女性誌でアートにまつわるコラムを書くこと後ろのページにある、本や映画と並んだアート紹介の欄、あるいはお悩み相談の欄もいいですね。アートをわかりやすく紹介した入門書ってたくさんあるけど、それを読んでも、『今、失恋して落ち込んでいる私とどう関係があるの?』ってなってしまう。自分の人生にアートがどう関わるのか、知りたくない? もっと、人生にアートはどう関われるのかを、書いて伝えていきたいですね」

金澤さんは、好きなことを仕事にする潔さがあったからこそ、長く美術館に勤めたあとも、年齢にとらわれることなく学び続け、自分でさらに仕事を極めていけるのだろう。

そのメッセージは、観る(読む)側の暮らしに沿った届け方で続いていく。

 

 

kakite : 菅原沙妃 / photo by Mika Hashimoto (クレジットがあるもの・提供画像除く) / Edit by Naomi Kakiuchi


金澤 韻/Kodama Kanazawa

東京芸術大学大学院美術研究科、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート現代美術キュレーティングコース修了。熊本市現代美術館など公立美術館での12年の勤務を経て、2013年に独立。2017年4月から十和田市現代美術館の学芸統括としても活動。トピックとして、日本の近現代における文化帝国主義、グローバリゼーション、そしてメディアアートを扱い、国内外で40以上の展覧会を企画。近年の主な展覧会に「ラファエル・ローゼンダール:ジェネロシティ 寛容さの美学」(十和田市現代美術館、青森、2018)、「Han Ishu:Drifting Thinker」(MoCA パヴィリオン、上海、2017)、「茨城県北芸術祭」(茨城県、2016)、「Crazy Planet」(マタデロ、マドリッド、2016)、「スペクトラム」(スパイラル、東京、2015)、「YÛICHI YOKOYAMA : Wandering Through Maps」(パヴィロン・ブラン、コロミエ、フランス、2014)など。http://kodamakanazawa.com/

 

取材フォトギャラリー(クレジットがある写真は提供画像)

「YÛICHI YOKOYAMA: Wandering Through Maps | Un Voyage a Travers Les Cartes」(2014年、Pavillon Blanc、コロミエ、フランス)展示風景 撮影:Yann Gachet 写真提供:Pavillon Blanc

「茨城県北芸術祭2016」(総合ディレクター南條史生、キュレーター四方幸子と共同キュレーション)、茨城県日立市の御岩神社でのプロジェクト。森山茜《杜の蜃気楼》(2016)撮影:木奥恵三/写真提供:KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭

スパイラル30周年記念展「スペクトラム」(2015年、東京:スパイラルキュレーター大田佳栄と共同キュレーション)展示風景より、栗林隆 《Vortex》(2015) 撮影:表恒匡 写真提供:スパイラル/株式会社ワコールアートセンター



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